「ニッポンの芸能人」シリーズ68


森光子さんの初々しさ
 森光子主演の「放浪記」(菊田一夫作)の上演回数がこの秋は1800回を越えるという。
 初演は1961年、45年間にわたる上演である。
 従来は日比谷芸術座がベースキャンプだったが、現在は改装中ということで、9月1日から帝劇で上演されるとか。
 芸術座 は客席750。帝劇1900。
 いずれにしても、森光子パワーは特筆に価する。
 ぼくは広告・CM作りの仕事をしているとき、ヒナ人形のCM(久月だったか)の企画の件で、ジカに森光子さんにお会いしている。
 もちろん、舞台では何回も拝見しているが、直接お話する機会はそうあるものではない。
 まず、この方の印象は「とても初々しい」である。
 ぼくも芸能界、マスコミ界、すでに50年、無数のゲーノー人と出会っているが、この森光子さんと、もうひとり、故人になられた山岡久乃さんの「初々しさ」が強く印象にのこっている。
 「放浪記」の作者菊田一夫さんは、ぼくの叔父の劇作家小沢不二夫が同業同期だった。当時、いわゆる商業演劇の主要劇作家が集まった「鬼の会」というものがあり、菊田一夫・北条秀司・池波正太郎・宇野信夫・阿木翁介・八木隆一郎、そして叔父小沢不二夫など20名余のそうそうたる顔ぶれであった。
 当時、小沢不二夫が私財を投じて主宰した「むさしの演劇ゼミナール」には、これらの先生たちが交替で顔を見せていた。
 いま思い返しても、その記憶は鮮明で、それ以後のぼくの「もの書き人生」にさまざまな恩恵をもたらしてくれたと思っている。

ひとくちに芝居というけれども……
 喜劇俳優としても図抜けた魅力をもっていた故三木のり平さんは、晩年、いわゆる新劇の舞台の演出を手がけた。(現在の「放浪記」の演出は菊田一夫+三木のり平だ)
 その三木のり平さんが「3ケ月けい古して1週間なんて公演だもの、新劇なんて食えねえよなあ」と言った。
 実際、理屈や自己主張ばっかりの骨ばっかりで食べるとこのない「悪しき新劇ふう演劇」はまだウンザリするほどある。
 怒鳴る、喚く、我鳴る。ただやみくもに駆けずり回っているだけ……なんて舞台は高校の体育祭のようなものだ。
 やはり、演劇はエンターテインメントとしての魅力があってこそだ。
 そういえば「放浪記」では、奈良岡朋子・米倉斉加年・山本学・大出俊といった舞台経験の豊富な新劇系俳優がワキを固めている。
 舞台でも映画でもワキ役がしっかりしていないモノは駄目だ。
 耐震偽装建築のようなもので、高額の入場料を詐取されるようなものだ。
 何回かこのH・Pに書いたが、いまぼくは桂小金治さん、小沢昭一さん、そして熊倉一雄さんといった、仕事でも人生でも畏敬できる方々とおつきあいいただいている。
 皆さん、エラぶらず、つねに紳士的であったかい。
 なんにしても、ボクサーの亀田某と同質のテレビタレントや、まだ20代というのに、やたらコマシャクレてスレッカラシの若い女のタレントなんて……ああ、イヤだ。
 社会的な面での理不尽な「格差」には断固として異議をとなえ、その是正を強く政治家に望むが、演劇における「格差」については、大いに歓迎したい。
 牛丼屋だってラーメン屋だって、良心的でうまい店は栄える。当然ですよね。  

— posted by 本庄慧一郎 at 04:47 pm  

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