「こいつは春から縁起がいいや」とつぶやく
歌舞伎の春狂言の定番といえば「三人吉三」。
その登場人物(白浪――盗賊)の三人のうちの一人、お嬢吉三が口にするおなじみのせりふだ。
ぼくは暖冬といわれるこの2月に何度かつぶやいていた。
というのも、昨冬の11月22日〜12月6日までテアトル・エコーが上演して
くれた「大都映画撮影所物語」についての劇評や推挙が演劇雑誌「悲劇喜劇」3月号の「特集・2006年演劇界の収穫」に掲載されたからだ。
劇評をして下さり、推挙をして下さった5人の方々とは、これまで一面識もなかった。それだけに「演劇・返り新参者」としては、文字どおり跳び上がるほど嬉しく、不作法ながら、出版元早川書房に各氏の電話番号を訊いて、じかに御礼のごあいさつをさせていただいた。
以下、「大都映画撮影所物語」に関する部分を転載させていただきます。
「悲劇喜劇」(早川書房)2007年3月号
特集・2006年演劇界の収穫
演劇時評4/岩佐壮四郎(近代文学)・香川良成(演出)
劇 評
高田正吾(編集部)では、12月にご覧いただきました舞台の劇評を始めたいと思いますので、よろしくお願いいたします。
まず、テアトル・エコーで「大都映画撮影所物語」。本庄慧一郎作、永井寛孝演出、恵比寿のエコー劇場で、熊倉一雄ほかエコーの主要なメンバーが出ています。これは昭和十一年が大体舞台になっていますね。ここの映画はもちろんご覧になっていないと思いますが。
香川 僕は全然。
高田 僕も全然観ていないですけれども。全部サイレント映画だったそうですね。
香川 これは大都映画撮影所という昭和十年代に実際にあった、娯楽映画をつくっていたその撮影所の物語なんですね。
場面は、撮影所の控室と社長室。そこを行ったり来たりして、最後は社長みずからメガホンを取ってチャンバラ映画の撮影を始める。というところで幕になります。エコー独特な喜劇のフォルムで演じられ、娯楽性の中に当時の社会や人間への風刺を込めて描いており、比較的成功しているんじゃないかと思います。
そこの控室には「挙国一致! さあ団結だ!」「守れ! 満蒙、帝国の生命線!」なんていう大きなポスターが左右の壁に張られています。
喧嘩っ早い大部屋の俳優とか、アル中気味の社会派くずれの脚本家や、女優目当ての警官が出入りしてたり、大日本愛国者演芸同盟という狡猾な漫才師コンビが紛れ込んできたり、元大都映画俳優の脱走兵を脚本家がかくまったり。
彼は人を殺したり殺されたりするのはいやだと言って脱走してくるわけですね。そこに憲兵も来るんですが、憲兵は実は社長の昔の浮気の子供だったというような大衆劇としてのいろいろな要素が盛り込まれています。それから怪傑紫頭巾や鉄仮面も登場させて、大騒動になったりとか、盛り沢山です。
初め、劇場に入ったら昔の無声のチャンバラ映画を――
岩佐 実写をやってましたね。
香川 場面転換のときもそれをやるもんですから、それと舞台とを結びつけて想像することができて、あれも成功の一因だったんじゃないかと僕は思いました。
岩佐 そうですね。
香川 ひたすら娯楽映画に情熱を注ぐ人々を通して、戦中の状況も批判的に描いているんですね。
例えば、スターに赤紙が来て壮行会が行われるんですが、そのときは一応ありきたりのあいさつ、「大日本帝国臣民の誇り」云々というようなことをいってるんですけど、飲んだりいろいろしている間に、つい本音が出て「大好きなチャンバラをもっとやりたかったです。がんがん流し目で決めて、見得を切りまくりたかったです」なんて言う。そういうところなど、なかなか心憎いなと思いました。
高田 岩佐さんはいかがでしたか。
岩佐 大都映画というのは粗製濫造ぶりで名をはせたというんですが、もともと社長の河合徳三郎というのは土建屋だったのが、映画が好きで製作に乗りだしたらしい。そういう連中の娯楽映画づくりにかける情熱が肌で伝わってくる。
さっきの酒浸りの脚本家というのは、新劇運動かなんかから流れてきたんじゃないかと思うんですが、これが、市川千代之介といういい加減な名前の人気スター(笑)をかくまってこれを鉄仮面の主役にしてみたり、憲兵が実は社長の隠し子なんだが、彼のおかげで今度は社長が窮地を救われたり、いかにも安っぽい人情喜劇にみせてつくっているんですけども、細かいところはなかなかしっかりしていて破綻がない。脚本の本庄慧一郎という人は、非常に達者、手練れという感じがします。
香川 テレビドラマを書いたり。
岩佐 手練れといえば、熊倉や沖恂一郎、山下啓助などはいうまでもなく荻窪オット、西荻ドッコイという漫才コンビ(笑)に扮する沢りつおや林かずお、丸山裕子などの練達の演技が、中堅、若手を盛りたてているのも見逃せない。
立ち回りも、一見珍妙な所作で客席をわかせるんですけども、そうとうな修練の跡を窺わせる。
また何人もの鉄仮面が憲兵を取り囲んで、ラ・クンパルシータに合わせてタンゴを踊る場面なんかも基礎訓練が行き届いていることを感じさせます。
演出のテンポも的確で、大都映画はB級映画をつくっていたようですが舞台のほうはドタバタ喜劇といしてはA級の仕上りではないか(笑)と思いました。
香川 そんな一見ばかばかしい映画づくりもできなくなる。いかに戦争中の統制が厳しかったかが伝わってくる。それに対する反抗になるわけですね。逆にそういうドタバタ喜劇を作ることがね。
例えば、「絹代さんお願いがあります。どうか接吻させていただきたいのです……」その接吻という言葉はいかんというので削ったら、「絹代さん!どうかどうか……サセテ頂きたいのです!」(笑)になってしまうとか、そういうところを随所につくりまして、最後は社長みずからメガホンを取ってチャンバラさせる。僕は点を入れたいですね。
高田 A級ですか。
香川 A級(笑)そんなところです。
すでに菅井幸雄氏には赤旗紙のコラムで、このうえないおほめをいただいている。その劇評コラムと、畏敬する小沢昭一氏の好意に満ちたお葉書、さらに雑誌「東京人」の創刊者であられ、評論家としてご活躍の粕谷一希氏のドキドキするようなお手紙(このほか友人知の手紙FAXなどいろいろあるが)と、今回の「悲劇喜劇」07年3月号の4点がぼくの貴重なお宝になりました。
あえて申しあげたい。
「知的フィールドの堅実な有識者の諸先輩に認めてもらうことは、ただ嬉しいとしか言いようがない。このトシになって「ボクは幸せだなぁ!」と実感を味わえるんなんて……。謝々! 謝々! 謝々!です。
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