(前回のHPの続きです)
昭和35(1960)年12月の新国劇の明治座公演の夜の部は、小沢不二夫作・演出の「石狩の空」と、「白野辨十郎」。
それまで「その他大勢」だったはずの緒形拳に、叔父小沢不二夫はこの「石狩の空に」で、師匠辰巳柳太郎演ずる刑務所の教育部長、大沼修造の息子「次男明良」という重要な役をふった。
この物語の中で、次代を担う若いカップルとして、大沼修造の息子良明(緒形拳)と死刑囚・小柴源太郎の娘・日春を演じた高倉典江は結婚することになる。
このご両人は、実際の人生でも結婚した――のである。
小沢不二夫は作品の上で、お二人の結婚の媒酌人役を果たしたのだと言える。
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築地の東劇はかつて演劇の劇場だった。
いまいきなり年度を思い出せないので申しわけないが、その東劇での演目は、昼は北條秀司作・演出の「王将」、夜の部は「極付 国定忠治」であった。(昼夜が入れ違っていたかな?) 小沢不二夫にくっついていって、その東劇の楽屋を訪れた。
長屋での坂田三吉と、百姓姿で登場する辰巳柳太郎のその衣裳はリアルで、いずれもボロをまとっていた。
舞台から引っ込んでくる辰巳柳太郎がツギハギだらけのももひきをずり下ろし、「おーい、緒形、緒形よ。ケツをたのむ!」と叫んだ。
ひどい痔疾をかかえていた御大は坂田三吉役でも国定忠治役でも激痛をこらえて熱演していたが、楽屋に引っ込むとその手当てを付き人の緒形拳に一任した。その緒形のけなげで甲斐甲斐しい姿をはっきり記憶している。
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小沢不二夫の長男の公平君はぼくのイトコである。(沖縄に移り住んで二十数年「沖縄タレントアカデミー」を主宰している)
彼が父親小沢不二夫から聞いたという〔辰巳柳太郎の付き人だった緒形拳のエピソード〕がある。
その日の主演の辰巳柳太郎はカゼ気味だったらしい。舞台のソデで出を待つ師匠には付き人たる者、お茶や飲み水、チリ紙やおしぼり、その他、タンつぼなどなど、身の回りの品を揃えた〔おかもち〕を持って付き添う。
舞台の物語が進行して、辰巳御大の出の直前、御大が思わず咳き込んで、のどにタンを詰まらせた。しかし、出のきっかけは来ていた。
タンつぼを取り出して差し出すヒマもないーー緒形拳はさっと両手を御大の口の前に差し出して、御大が思わず吐き出したタンをためらうことなく受け止めたという。
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小沢不二夫の長男公平君も長女有美さん(ご両人ともイトコ)も舞台と縁がふかい。
緒形拳さんにかかわる心あたたまるエピソードはいろいろあるようだ。また日をあらためてご紹介できれば……。
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出演したかずかずの、作品の芸で語られる役者あり。
いくつもの出演作品がありながら、役者としての存在感のあいまいな人もいる。
かと思えば、自室で怪しげな薬物を栽培したりしていて、おのれの人生を貶める愚か者あり。
それにしても、うす汚い行きあたりバッタリの芸人とやらとバラエティなるテレビ番組で、ヘロヘロと愚かしくふやけている俳優ばっかりで、イヤになりますなあ。