「社会&芸能・つれづれ愚差」第136回(通算247回)

ナマエ・なまえ・名前・・・。

 歌舞伎俳優をはじめとしての芸能人には、たいてい芸名がある。
 小説家や俳人などは筆名やら俳名をもっている。
 たとえば、かの山本周五郎先生の本名は清水三十六(さとむ)。
 本名が小菅留治の藤沢周平先輩。
 本名が宗房。通称が忠右衛門が、松尾芭蕉である。
 通称弥太郎サンといえば、ご存じ小林一茶。
 では、最近の例で――本名増田明子はダレ?歌手の八代亜紀デス。
 もう一人、伊地知昭子は?黒木瞳。
 ではでは、本名堀越夏雄チャンは?これは、十二代團十郎・市川團十郎丈。ついでに本名寺嶋秀幸クン・・・なんて呼んじゃったりして・・・。七代目尾上菊五郎丈です。(ちなみにこのお二人と一緒に撮ったシャシンがあるのデス!)


凶悪犯罪人や詐欺師たちの場合

 作家やゲーノー人の場合とちがい、犯罪にかかわる者の場合ももっぱら、偽名や変名をフル活用する。
 いや、その場しのぎで変えるのは名前や服装だけではない。目だのハナだの唇さえも・・・整形手術で変えるのダ。
 その昔「七つの顔を持つ男」というゴラク映画があったが現実の犯罪は、せっかくの偽名変名も、また大金をかけた整形手術の効果もなく、その結果はひたすら惨めに終わる。


「日本映画史/改名・別称辞典」のこと

 日本映画史の研究史家の永田哲朗氏編のこのホンは、労作・快作・ケッ作といえるものだ。(図書刊行会・刊)
 日本映画史にかかわった多くの俳優・監督たちの改名についてのデータを実に丹念に記録しているユニークな内容である。
 時代劇の大スター市川右太衛門の本名が浅井善之助。そして、片岡千恵蔵の本名は植木正義。ふむふむである。
 いろいろおもしろいエピソードは山ほどあるが、わたしとしては昭和10年代(1935年〜)流行歌手として「緑の地平線」などのヒットで大人気だった楠木繁夫(1904〜1956年)のデータを読んでひっくり返ったネ。
 彼の本名は黒田進。しかし、芸名は、ざっと数えて・・・数十種も使っていたとある。結局は楠木繁夫で落ち着いたらしいが、数十に及ぶ芸名を使ったという者は他に例はないゼ。


かく申す私メはというと――

 本名望田市郎。この名は主として広告制作やコピーライター時代に使った。そして、あれこれ事情があって(犯罪にはムカンケイ!)みさきけいというユニ・セックスふうの名も活用した。
 平行しての放送作家の時代は筆名本庄一郎。ずいぶん仕事した。
 その次は(もう二十年になるか?)時代小説や舞台脚本を書くようになって本庄慧一郎・・・にしぼった。(ホントのことをいうとまだいくつかの筆名があるのデス)
 いずれにしても、刑事さんやおマワリさんから逃げのびるための手段として姓を変えてるワケではありません。念のため。


名前を偽りカオを手術して変えても・・・。

 つまりは〔心根〕は変わらない。というより、その時すでに心の根っこは手のつけられないほどに腐りきってたのだよねぇ。





 四十歳を過ぎた人間は、自分の顔に責任を持たねばならない。
――アメリカ第6代大統領・リンカーン
P・S――
故森繁久弥さんは一貫して本名で通しました。
仕事で、テレビドラマ「だいこんの花」(TBSTV)の時代、そのセットで30分以上、インタビューしたことがありました。
森繁さんのムーランルージュ新宿座の〔原点〕について書いておられたのは、作家小林信彦氏ぐらいだったようですけど・・・。
心からのご冥福を祈っております。

— posted by 本庄慧一郎 at 01:02 pm  

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