戦場の兵士たちと従軍慰安婦たち
●あえて言ってみれば――
従来の「戦争」とは、「戦略・謀略をめぐらせ、武器弾薬を駆使し、兵士たちが殺し合いに血道をあげる修羅場だ」となる。
その命懸けのサバイバルに生きのびた兵士たちの精神にも、目には見えない「癒えることのない傷痕」が刻まれることになる。
●あえて言ってみれば――
かのベトナム戦争に駆り出され、さいわい無事に帰還したアメリカ兵の多くが、その後「PTSD/心的外傷後ストレス障害」にさいなまれている――という報道は記憶から消えない。
●あえて言ってみれば――
日本の戦国時代――臨時傭兵として雇われた浪人や農民たちにとっては、戦場での敵方の憤死した死体から、ヨロイ、カブト、刃剣などを剥ぎ取り持ち帰るのは当然だった。
同時に戦場化した農村農家に押し入っての食糧強奪や婦女暴行凌辱は当然のようにやってのけたらしい。
●あえて言ってみれば――
戦場に駆り出された兵士たちが集団で囲われている「駐屯地」や「基地」が特殊地帯である――ことは論をまたない。
あの沖縄の基地がある街で「女性暴行事件続発」が自然消滅するわけがない。
●あえて言ってみれば――
たとえば、先の太平洋戦争における従軍慰安婦問題は、戦後71年過ぎた現在も尾を引いている。
戦場と兵士たちと慰安婦たち――この悲惨で残酷で、恥辱にみちた非人間的な記録は永遠に消すことはできないのだ。
●あえて言ってみれば――
昭和史と太平洋戦争の記録本はン百冊と保管している。
そのうちの1冊『従軍慰安婦/“声なき女”八万人の告発――』から引用する。
「ラウバルに彼女らが着いて商売をはじめた第一日め、三キロも兵隊の列ができ、彼女らは一日がかりでその相手をした。三キロといえば三千人以上の兵隊の列です。もっとも女の方も十人ほどいましたが……」
『従軍慰安婦/“声なき女”八万人の告発――』著千田夏光 昭和48年 双葉社刊より
こうした残酷きわまる具体例が列挙されている実録本で、この日、1人の慰安婦が相手にした兵士の人数は「370人〜380人」という記述もあった。
(朝日新聞2016年5月17日朝刊「慰安婦問題を考える」欄より)
●あえて言ってみれば――
戦場になった街や村が無惨な修羅場と化すのは避けられないが、「勝ち残るための兵士たち」の行状もまた異常をきわめる。
そのけもの化したような兵士たちのための「人身御供」になる女たち――
●あえて言ってみれば――
今回の沖縄基地勤務の男も元兵士だった。現在は「軍属」ということだが、沖縄住民である若い女性に対する行為はひたすら残酷以外のなにものでもない。
(東京新聞2016年5月26日朝刊「こちら特報部」欄より)
●あえて言ってみれば――
「正義のための戦争など絶対にあり得ない」
「世界から核を無くせ!」という悲願は絶対に貫いて、「真の平和」を創造しなければならない。
●あえて言ってみれば――
すべての戦争は「正義という名の仮面」をかぶった大量殺人行為そのものだ。
勝利者もまた「たやすく癒えない罪科」に犯される。
勝利者もまた「たやすく癒えない罪科」に犯される。
――本庄慧一郎
ケイちゃんの目 ↓
散歩(専用?)コース寸景