8月6日(1945年&2016年)の意味。
●1945(昭和20)年8月6日。「広島に原爆が投下された日」だ。
そして2016(平成28)年の同日は、ブラジルのリオでの第31回オリンピック開幕の日だった。
●原爆被爆者の霊を悼む「厳粛」な式典の模様を中継したテレビが、リオの「狂騒」を煽り立てるように伝えていた。
●この「厳粛」と「狂騒」の間には、「71年」という時間が存在する――それには「平和の時代」という重要なクレジットが付く。
●戦争とは「破壊と殺戮」以外のなにものでもない。
「殺さなければ殺される」という救い難い「原型」が変わることはない。
●この「71年間」という時間は、日本とその国民にとって絶対的な価値をもつ。
●現在の日本の政情には「平和」という絶対的な価値を侮り、ゆがめ、ないがしろにするごとき「狂風」が吹き付けている。
「平和の祭典」たるこの世界的イベントは2020年に、日本で行われることになっている。
●一方では、テロの危険など世界的に不安要素は増大している。そして、中国との領海問題。さらに北朝鮮の横暴ルール無視問題……沖縄問題ともども、その対応や処理には現政府の賢明な判断と行動が求められる。
●ちなみに、8月9日は長崎にも原爆が投下された日だ。
広島はウラン型原爆、長崎にはプルトニウム型原爆が投下された。それぞれ別種のもので「実験」されたのではといわれている。
戦争を手段として目論む政治家たちは、自分の無能を自認せよ。党派の闘争の計算者として戦争を利用しようとする政党政治家は、罪人である。
――サンドバーグ(アメリカ/詩人・伝記作家)
●どんな賢い犬や猫も、過去や歴史を溯って学び究め、今後を、未来の在り方を創造しようとはしない。「人間だからこそ」平和であることの意義をしっかりと理解し、それを断固として守ろうと努めるのだ。
●オリンピックの日本体操チームの美技も――
イチロー選手の「3000本安打記録」も――
熱戦の夏の選抜高校野球のプレーも――
「ポケモンGO」とやらの異様な暴走ぶりも――
テレビのラフ(粗雑)で不作法な食べ歩き番組も――
夏休みの気ままな家族旅行も――
総立ちと熱狂のロックコンサートも――
すべて「平和でなければ」成立しない!
人は、人間は――あらためてそれを(!)考えるべきだ。
ケイちゃんの目 ↓
創作のためのロケハン/林芙美子記念館
新宿区下落合
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