3月11日は「痛恨と鎮魂」のないがしろに出来ない日であった。
その日はたまたま、中高一貫教育の海城学園(東京新宿区大久保)の古典芸能部(顧問川崎真澄先生)主催の集いに、桂小金治師匠をお招きするコーディネートを買って出た。
海城学園の古典芸能部の学生諸君は、川崎先生の好リードで文楽や狂言やカブキなども学んでいるが、とりわけ「落語」に強い関心があるようだ。
かく申す本庄慧一郎は、彼らとは記録映画「ムーランルージュの青春

小生とムーランの関係は、昭和10年代のムーランの最盛期に小生の叔父の劇作家小沢不二夫が活躍していたことで、ムーランのあれこれに詳しいからだ。
そして海城学園とムーランとは、戦後すぐの昭和22年にムーランの一団が学園で公演を実施していて、古典芸能部のメンバーが当時のことを調べ、その経緯をシンポジュウムで紹介し、縁が生まれた。
小生の書斎でNHKニュースのインタビュー取材もあり、古典芸能部メンバーと小生がお喋りをした――詳細はこちら

それまで桂小金治師匠には、電話を頂いた折に「本庄サン、若い人たちに話が出来る機会があったら出かけるから、言って……」と言われていたので、川崎先生に話をつないだのだ。
3月11日は今春高校を卒業する学生もまじえて23人の諸君が出席して桂小金治師匠を迎えた。
桂小金治師匠は御トシ86歳。かくしゃくとしていて活舌も明快。
幼い時のエピソードから、桂小文治師匠への入門時代。映画への転進。そしてテレビ界への進出の話題をまじえてのユーモアたっぷりの人生論を100分間にわたって展開して下さった。
お話の途中には、木の葉をつかった「草笛」とお得意のハーモニカ演奏もあって、生徒諸君の熱い拍手が教室に鳴り響いた――。
年齢差70歳という世代差を越えて快い交流の場が生まれた。
小生が芸能界で畏敬するお三方については、このHPでも何度か書いた。
小沢昭一さん82歳。熊倉一雄さん85歳。桂小金治師匠86歳。
このお三方とのお付き合いは長い。
現今のゲーノー&テレビ界のワルノリとワルハシャギのその内実にはただウンザリするだけだが、このお三方のお人柄と芸風とその質にはアサハカな変質や違和はない。
テッテイした商業ベースで作った「ゲーム」や、すべてそっくりが「勝ち負け」で決定づけられるスポーツにこだわるのではなく、自分自身をフルに活性させて独自の「表現術」を学びとする学習には、別格の価値と喜びがある。
海城学園3月11日「ようこそ桂小金治師匠」の講演の様子は海城学園のHP中の「海城PRESS

中央 左:桂小金治師匠 右:川崎真澄先生
中央 左:桂小金治師匠 右:本庄慧一郎
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