「社会&芸能・つれづれ愚差」第326回(通算438回)

猛暑・酷暑にも負けずベンキョウしてるよ

 故井上ひさし氏とは、ずっと長い間、背中合わせの場所で物書きとして暮らしてきた。
 もちろん、劇作家としての彼の業績は図抜けていて、とてもかなわない。
 とりわけ、テアトル・エコーの熊倉一雄さんの「誘導」によって書いた「日本人のヘソ」を皮切りに膨大な傑作を遺されたが、やっぱり彼は「コトバの魔術師」と言われる特異な存在だ。
 何にしても早逝が惜しまれる。

***

 いま、あらためて井上作品のあれこれを舞台で観たり、またその戯曲を心して再読玩味している。
 とりわけ、彼が作品を書くにあたってのコンセプトとも言うべき次の言葉を反芻する。

むずかしいことをやさしく。やさしいことをふかく。
ふかいことをおもしろく。おもしろいことをまじめに。
まじめなことをゆかいに。
そしてゆかいなことは、あくまでもゆかいに。

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 現在、小生の「本庄流ことば表現塾」には何人かの塾生がおり、多忙のさなかまた遠路もいとわず通ってきて研修を積んでいる。
 その際のテキストに井上ひさし作『花子さん』に登場する「参議院に立候補した新人」の演説の部分を使わせてもらっている。

若生 (手にした原稿にときどき目をやりながら)みなさん、あなたがたは阿呆(あほう)。鈍感で平凡なでくの坊。麻雀(マージャン)とパチンコと競馬とゴルフで大切な時間をつぶしている処置なしの白痴。麻雀、パチンコ、競馬で裸になるまで毟(むし)りとられ安酒あおって月賦の払いがまだ十五年はたっぷり残っている建売りの棟割(むねわ)り長屋へしょぼくれて引き揚げる素寒貧(すかんぴん)。上から入れて下からひり出すだけの糞袋(くそぶくろ)。かつぐは縁起と御神輿(おみこし)ぐらい、あとは小利口者にかつがれっぱなしのおひとよし。宣伝にやすやすと乗るお調子者。たとえ虫の居所(いどころ)が悪くてもおえらがたに文句ひとつ言えぬ弱虫の虫けら。遠い未来にたいしてはひどく悲観的なくせに「明日という字は明るい日と書くのよ」などと近い未来についてはふしぎに楽天的になることのできる分裂症患者。事件が起きるとその日は夢中、あくる日になるときれいに忘れ別の事件にまた熱狂する健忘症患者。自分の国では売春を禁じておいて外国へ女を買いに出かける図々(ずうずう)しさと、外国からなにか批判されるとそれを必要以上に気に病む臆病(おくびょう)さとを同時に持ち合わせたわけのわからぬ存在。とにかくみんな馬鹿。睨まないでください。わたしは自分ひとり高い所に立って警世家や予言者ぶるつもりはないのですから。じつはわたしも馬鹿。みなさんよりずっと程度の悪い馬鹿。(略)
 さてわたしはなぜ参議院全国区に立候補したのでありますか。秀才や利口者や賢い人にこれ以上政治を委(まか)せておいてはいけないと考えたからでありました。いまこそ馬鹿の出番です。そう、わたしたち馬鹿の出番です。馬鹿が小利口者を選んだのがこれまでの選挙。だから世の中がすこしおかしくなっちゃった。世の中の大部分を占めているのはわたしたち馬鹿、だったらその代表も馬鹿であるべきではいか。そう考えたのが立候補の動機でありました。誤解しないでください。わたしは馬鹿を馬鹿にして馬鹿馬鹿と言っているのではない。いくらなんでもわたしはそれほど馬鹿じゃない。おっといまの馬鹿は利口な人が馬鹿を馬鹿と馬鹿にするときの馬鹿、差別の馬鹿。わたくし、赤尾小吉は馬鹿こそがすばらしい、馬鹿こそが真に人間である、と申しておるのであります。わたしたちは阿呆で、でくの坊で、白痴で、糞袋で、虫けらで、分裂症で、健忘症で、そしてわけのわからない存在でよろしい。なぜなら馬鹿だけがやさしい心を持ち合わせているからです。みなさん、馬鹿や阿呆が原爆や水爆をつくろうとするでしょうか。もちろんそういうものをこしらえる知恵(ちえ)は馬鹿にはない。馬鹿は公害病を生み出しているあの手に負えない化学工場をつくったか。とてもとても。そんなこと、馬鹿には不可能。<外国に自動車やテレビを買ってもらおう。しかし、ただ買ってくださいでは外国も首をタテには振らないだろう。見返りに農産物を外国から買いつけることにしよう。そのためには、日本の農業をつぶしてしまおう>こんなややっこしい理屈が馬鹿に思いつけるか。ジェット旅客機の売り買いのためにたくさんの別会社をつくりそこを書類が通過するたびにリベート用に使う現金がうんかのようにひょこひょこ湧(わ)いて出る、こんなすごいからくりを馬鹿に考え出せるか。馬鹿に人体に危険な発色剤や防腐剤が発明できるか。そしてそれを食物に入れようなんて勇気があるか。土地をころがしたり、魚をころがしたり、そんな器用なことが馬鹿にできるか。馬鹿にできるのは女房(にょうぼう)をころがすか、ころがされるか、せいぜいそんなところだ。だいたい土地だの、魚だのってころがせるものかしらん。そういうものをころがしてしまうとは世の中にはよっぽど利口なひとがいるものだ。とにかくそこでわたくしは考えた。利口な方、賢い方にはこれまでずいぶんお世話になりました、しかしいまそこ選手交代のとき、どうかしばらくお休みください。これからは当分の間わたしたちが先頭に立つべきとき。世の中の進歩は牛の歩みのようにのろのろしたものになるでよう、なにかと不便で、お金もあまりもうからない世の中になるかもしれません。でも、そのかわりにやさしい心が、わたしたち馬鹿がたったひとつ持ち合わせているやさしい心がこの日本おおうことでしょう。進歩をとめてやさしさを日本に。みなさんの内にある馬鹿さ加減をぜひともわたしに代表させてください。さあ、これからは馬鹿が決め手だ。赤尾小吉でした。
(国語元年(戯曲集) 井上ひさし著1989年新潮文庫刊 『花子さん その2公示前夜』より)



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ケイちゃんの目 ↓

本年9月にスタートする「本庄慧一郎――
読み語りドラマ」の台本のあれこれ

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— posted by 本庄慧一郎 at 01:20 pm  

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