あらめておのれの履歴をふり返ってみると、半世紀あまり一貫して日本語を素材にした仕事(ラジオ・テレビ・構成台本/舞台脚本/TVCMプロデユース・企画・COPY/時代小説・現代小説/五七五・評論集・エッセイ等)をしてきた。
現在の書斎は、古書店の倉庫のようで「創作の遊園地」になっている。
現在の書斎は、古書店の倉庫のようで「創作の遊園地」になっている。
●執筆トリオ 本庄慧一郎/みさき けい/深実一露
芸能テレビ・マスメディアのこと
●清流と濁流の流れ
小生はいわゆる芸能界に、ずっとどっぷりの生活をしてきた。
従来の芸能界(映画・演劇界)にプラス民放ラジオ・テレビというメディアが加わった。
そして、それらの業界の「悪しき流れ」に巻き込まれておのれの一生を台なしにした者たちも多く見てきた。
そして現在もあれこれの「本質」をダメにしている者たちが眼につく――。
●「清濁併せ呑む」
このコトバを広辞苑でひくと「善悪のわけへだてなく、あるがままに受け容れること。度量の大きいこと」とある。
寛容tolerance、非寛容intoleranceという言葉もあった。
劇作家故三好十郎氏にこれらの言葉の周辺について教えられた。
●とはいうものの――
「度量」という名のキャパシティの小さい当方としては、どうにも看過できない「事象」や「人物」や、どうにも許し難い妄言や暴言に遭遇すると、イライラと落ち着かない。そしてその当事者らの自覚のなさや「謝罪・弁明」のいいかげんさに、またハラをたてる。
世は正に「無責任時代」そのものである。
彼らは「人間じゃない! まるで虫ケラだ!」と呟く。
●そんな時つとめて気分転換を――
趣味らしい趣味がない。カッコよくきこえるようだが、そんな時(商売柄)「想像と創造遊び」に没頭する。
●こんなタイトルの本を出したこともあった。
ヘタをすると認知症ダイジョーブと言われる?
とにかく「物書き業のベーシックな営み」は「アンチ認知症」のルールそのものダ――と宣言してはばからない。
●というワケで、このところ「発想の活性化」にしているデータ本は――
「虫をおいしく食べる人たち」のあれこれの資料を漁っているのデス!
北朝鮮・中国・アメリカ、そして日本の動向――まったくもう! という気持ちをグッと抑えて――。
●生物類資料棚からの本類/昆虫&虫ケラ
●それにしても、それにしても!
「虫ケラ以下の人間」がウヨウヨしてるなあ。
これから……どうするの? どうしたらいいの!
ケイちゃんの目 ↓
同じ時を生きるわが庭の花たち