あらめておのれの履歴をふり返ってみると、半世紀あまり一貫して日本語を素材にした仕事(ラジオ・テレビ・構成台本/舞台脚本/TVCMプロデユース・企画・COPY/時代小説・現代小説/五七五・評論集・エッセイ等)をしてきた。
現在の書斎は、古書店の倉庫のようで「創作の遊園地」になっている。
現在の書斎は、古書店の倉庫のようで「創作の遊園地」になっている。
●執筆スタッフ 本庄慧一郎(望田市郎)/みさき けい/深実一露
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高校球児たちの夏
●「大阪桐陰」と「秋田金足農」の対戦に日本中が湧いたようだ。
「猛暑のさなかの熱戦」に対して(昭和ヒトケタ生まれとして)は格別な思いがある。
「平和だからこそ!」「平和であってこそ!」の強い感慨である。
●現在、小生は自作の著作物の未刊、既刊の小説、エッセイ、五七五、一行詩などなど、数十点の電子書籍化の作業に努力している。
もともと「昭和史」の資料はやまほどあるのだが、「夏の高校野球」の熱に動かされて、「戦時下」(昭和16/1941年〜)の「野球」の項をしらべた。
●つまり「ベースボール」は「アメリカのスポーツ」ということで、取り締まり当局のチェックが厳しくなったという一件だ。
「全国中学校野球大会」の主催者朝日新聞社は、昭和17(1942)年中止を申し出ている。
翌昭和18(1943)年4月には「六大学野球連盟」は解散。
次の年昭和19(1944)年11月には、日本報国会がプロ野球の中止を発表している。
●このプロ野球中止以前、すでにさまざまな自主規制があった。
日本野球連盟通達として――
�―仂豼�手は18歳以上。
��隠し球の禁止。
��戦闘帽をかぶり、挙手の礼をすること。
�ぬ邉緲儻譴脇�本語化すること。
「ストライク→よし」
「ボール→ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ」
「3振→それまで」
「セーフ→ようし」
「アウト→ひけ」
「ファウル→だめ」
【資料】
「昭和世相史」小学館/「昭和史年表」小学館
「昭和ことば史60年」講談社/「明治・大正・昭和/世相史」社会思想社
●ボールを投げる――というアクションは、たちまち「戦場における〔手榴弾〕投げ」の競技に変わったようだ。
●フェアで健全なスポーツは「平和」であってこそのものだ。そのことをないがしろにすると「夏の甲子園の青春」も、たちまち消滅するのだ。それをキモに銘じなければならない。
改めて言う! 「平和だからこそ!」「平和であってこそ!」
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イラスト:やっぱっぱだいすけ
ニコヤンの目↓
Scenes of memories
昔、事務所があった原宿はよかったなぁ
昔、事務所があった原宿はよかったなぁ




















