1月20日未明から東京地方は小雨から雪になりました。
でも、軽々しく「よかったね」とは言えません。
北の国――とりわけ震災の被害をうけた地方の人々にとっては、異常とさえいえるドカ雪に四苦八苦しているとのことですから。
それにしても「格差社会」――つまり「不公平社会」は一段とエスカレートするばかりのようです。
政治の主導権をにぎる者たちのエテガッテさに――ただ腹を立てるばかりです。
・ズル
・ズレ
・ボケ
このオノマトピアっぽい三つのコトバで分類できそうなヘンな人間ばっかりで困っちまうよなぁ。
それで――先週に続いて、本名望田市郎で書いたホン「異説熟語辞典 伸びる男のキーワード101」の101項目の中から「憤怒」を転載させてもらいます。
ご笑覧のほどを。
『《憤怒》とは、怒りの極致を表す。いまどき、怒りの感情とまるで無関係でいられるひとは、世捨てびとか、はたまたずば抜けた賢人か、でなければ底抜けの愚鈍な人間である。』
多くの秀でた先輩たちが口をきわめていっているように〔怒りとは無謀をもってはじまり、後悔によって終わる〕(ピタゴラス)なのかもしれない。〔腹が立ったら、何か言ったり、したりする前に十まで数えよ。それでも怒りがおさまらなかったら百まで数えよ。それでもだめなら千まで数えよ〕(ジェファーソン)というのもある。ひと言でいえば、怒るな、ということだ。たしかに、発作的な怒りの爆発は、愚者凡人のいっときの自慰行為のようなものかもしれない。そこに敗者の自己満足的カタルシス(catharsis=精神の浄化作用)はあっても、創造的な解決の糸口すらないということか。
あえて、わたしは申しあげるのだが、不合理や不正や欺瞞に対して、一切怒るという感情を持てないということと、これは別の問題である。
現代病の一つに〔失感情症〕というのがある。自分の怒り、悲しみなどの感情さえ読み取れなくなるこころの病いだ。同系の病いに、ストレスのただなかにいながらも自分ではそれを自覚できない〔ストレス不感症候群〕というのもある。最近は、怒りや不満や焦燥を押し隠して、ひたすらにこやかな表情で振まう〔ニコニコ仮面病〕もあるときいた。つまりは、人間としての感情表出の機能が大きく狂い、故障してしまっているのだ。
あらためて申しあげるが、怒りをナマのままで前後の見境いもなくぶちまけることはたしかに無謀であり、誤りなく後悔をもたらすものだが、怒りを感ずる機能をマヒさせることと決して混同してはならない。
では、その怒りをどうするのか。「巌窟王」のモンテ・クリスト伯の例をあげるまでもなく、根深い怒りはバブルのようにたやすく消えはしまい。そこでだ。その怒りを、なんとかプラスのエネルギーに変換できるかどうか、これを再生のチャンスにし得るか、そこがターニングポイントになる。激しい憤怒は、勢いにまかせて発散してしまえば、後悔になる。だが、その〔負〕のエネルギーを持続し、創造性と可能性のあるプラス・エネルギーに変革することはできる。真の怒りも情熱なのだ。
陰を陽に転換する知恵としたたかさを持ちたい。晴れやかな笑顔で勝ちを宣告できる男は例外なく〔冷静なる怒り〕を肚(はら)の底に秘めているものだ。
――「異説熟語辞典 伸びる男のキーワード101」
(望田市郎(本庄慧一郎)著/総合法令1994年刊より)
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