現在の書斎は、古書店の倉庫のようで「創作の遊園地」になっている。
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1966年6月29日/ビートルズ来日と、そして……。
●この日を忘れない。
「物書き業」以外の職業はあり得ないとガンコに思い込んでいた。まず、ラジオ番組の構成台本をニッポン放送やTBSラジオをメーンに手当り次第に引き受けた。
常時、数種の番組を担当した。
ニッポン放送(LF)でもいくつかの番組があり、その1つが「ポップ&ポップス」で提供スポンサーが東芝EMI。
さまざまな外国レーベルを扱っていて、勢いがあった。
それらの外国人アーティストの中にザ・ビートルズがいた。当初、彼らについてのデータ情報の詳細がわからぬまま「それらしいこと」を書いて台本を作りあげた。
それにつけても 「リバプールという港町のうす暗いガレージで若者4人のロックバンドがユニークでホットなサウンドを奏でていた」といった文章を書いた――そんなコメントは、その後に入手したデータと符合していたね。
●1966・6・29――プライベート・メモリー。
ビートルズ来日が6月29日。この日は忘れもしない!プライベートのイベントで、朝から品川区大井町の産科医院に詰めていた。ワイフの実家の近くで、義母が出産するワイフの面倒をみてくれていたのだ。
「第一子誕生」というイベントにウロウロしていたというワケ。
「第4号」と名付けられた台風が接近していたが、結局、待つこと8時間! PM8時直前に誕生した……という日だった。
つまり、「ビートルズ来日」にからむユニークな記憶になった。
それにつけても ビートルズについては、ラジオ番組で「知ったかぶり」のコメントを先行して、その動向について書きまくった。ファン以上に密接になったネ。
●当日の本庄一郎(当時の筆名)は「取材」。
名目は「取材」。武道館1階アリーナスペースに特設された高いステージ。「前座」としてザ・ドリフターズなどの日本のバンドが出演したが、観客のほとんどがコーラとパンなどにこだわっていて、ガヤガヤは静まらない。
やがてその第1部が終わる。あらためてドラムセットが置かれた。
会場のざわめきがたちまちスーッと鎮静する。
早足で下手からリンゴ・スターが登場した。
場内のざわめきが鎮まり、全員が息を詰めたようだ。
ドラムのチューニングは手早く終わり、リンゴが一発「ドーン!」と叩いた――ワーッと歓声が起こり、場内の反響がバク発した。
その歓声のウズのさなかに他の3人が登場した――。
それにつけても ライブコンサートは商売柄、あれこれ経験したが、その「熱狂のウズ」の迫力は……格別。唯一のものだった。
各書店の余美太伊堂文庫のページへとびます。

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