「社会&芸能・つれづれ愚差」第292回(通算404回)

本庄慧一郎「あて字誤字メモランダム」

「第三極」 = 「だいさんきょく」
     
「大惨曲」 = 「トコトン ミジメニ マガル」

***

「維新の会」 = 「いしんのかい」
        
「異心の怪」 = 「バラバラノココロ マトマルフシギ」

***

「維新の会」 = 「いしんのかい」
        
「違呻の櫂」 = 「カンケイノナイモノタチガ ウメキナガラカイヲコグ」

***

「解散総選挙」 = 「カイサンソウセンキョ」
           
「恢散騒賎嘘」 = 「ハイニナッテチル ウルサク・イヤシイウソタチ」

***

「太陽の党」 = 「タイヨウノトウ」
        
「苔妖の冬」 = 「フルイ・アヤシイコケのフユ」

***

「老暴走族」 = 「ロウボウソウゾク」
        
「陋呆騒俗」 = 「イヤシクボケタウルサイゾクブツタチ」

***
「屁理屈・インチキ」 = 「ヘリクツ・インチキ」
               
「屁痢窟・陰痴奇」 = 「デタラメホザク・カッテニワメク」
 
***

「都知事・衆議院 同時選挙」 = 「トチジ・シューギイン ドージセンキョ」
                    

「屠痴痔・臭疑陰 恫餌賎嘘」 = 「トチジ・シューギイン ドウジセンキョ」

***


※キリがないので、このあたりでチョン!





「ハヤリコトバ――維新」


資料本「昭和語/60年世相史」より、以下、引用。

昭和7年(1932) 五・一五事件の年(略)
●昭和維新――軍部や右翼が国家改造、現状打破をめざして提唱したキャッチフレーズ。とくに皇道派青年将校が声を高くしてかかげた。昭和七年の五・一五事件の檄文に「昭和維新の炬火を点ぜん」というのがある。五・一五事件のとき犬養毅首相を襲った三上卓海軍中尉が作詞、作曲した『青年日本の歌』(別名『昭和維新の歌』♪(注1)昭和維新の春の空 正義に結ぶ丈夫(ますらお)が……とある。昭和維新の語は昭和十一年二・二六事件以後ははやらない。三上は昭和三十六年政府要人暗殺計画三無事件にも連座した。
●この年は――陸軍は満州を制圧し、満州国つくり、満州へ武装移民団を送り込む。上海事変が発生、派兵と息つく間もない。一人一殺をかかげる血盟団事件で井上準之助前蔵相、三井合名の団琢磨理事長が射殺される。そして血と硝煙の日曜日、五・一五事件の発生となる。軍人、右翼ファッショによって政党政治はほとんど命脈をたたれた。(略)――(注1)原文では庵点。
(「昭和語/60年世相史」 著・榊原昭二著 1986年 朝日文庫刊)より

●P・S(蛇足)


「野合――YAGOU」

マトモな羞恥心をかなぐり捨てて、時や場所をかえりみずに男女がくっつき、チチクリ合うハレンチな者たちのコト。(近年、政治の場に多く見られる現象)


ざっと14もの党派の乱立?

 「選択に困る」という声がある。
 けれどこちとらは「どれもこれも政治家としての心根を『洗濯』して出直して下さい」と声を大にして言いたいネ。



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ケイちゃんの目 ↓


醜い政治屋たちの腐敗
しかし、自然の紅葉は今年も美しい!

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好評発売中『新宿今昔ものがたり/文化と芸能の三百年 Link
2012年11月16日(金曜日)東京新聞 朝刊 27面広告掲載↓

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詳細は著作紹介ページ Link をご覧下さい。

 人間のひとり一人に、それぞれ独自の物語がある。
 そして、人が集う街にも、それぞれ独自の物語がある。
 東京生まれの者も、地方から来た者も、必ずといってよいほどに親しむ街がある。新宿である。
 いまや、世界でも屈指のこの大都市は都庁所在地としても著名だが、しかし、それよりもやはり、戦後(すでに67年余)の「庶民の街」としてのヒストリーが文句なしにユニークでおもしろい。

 元禄12年/1698年からのエピソード、敗戦による廃墟からの再建、そして都庁誘致への発展をタテ糸に、「日本初のストリップ」やフォークゲリラのことなどを、そして現存する酒場『どん底』のヒストリー、さらに森繁久弥をはじめ、さまざまな俳優タレントも輩出したムーランルージュ新宿座や日本の芸能史に刻まれるコマ劇場のことなどをヨコ糸に、キラキラとまばゆい「新宿ものがたり」にまとめたつもりです。
 皆さん、ぜひお手にとってお読み下さい。

著者 本庄慧一郎

— posted by 本庄慧一郎 at 01:55 pm  

「社会&芸能・つれづれ愚差」第291回(通算403回)

藤本義一さん逝く 2012年10月30日/79歳

 劇作家の故井上ひさしさんの著書「さまざまな自画像」(中央公論新社刊)というエッセイ集がある。
 その中に「憎いあいつ――藤本義一」という頁がある。
 昭和30年代の初め、井上さんは学費と生活費を稼ぐためにラジオやテレビの脚本の懸賞募集にフル回転していた。
 全国民放各局の脚本コンテストで上位入賞を果たしての「賞金稼ぎ」に情熱を注いでいたという。しかし、どのコンテストでもたいてい井上さんを口惜しがらせる「凄いのがいた」とか。その人物が「大阪府立大の藤本義一」だったというハナシだ。
 賞金金額で群を抜いていたのが「文部省主宰の芸術祭脚本募集」で昭和32年と33年に応募。32年度入選者が藤本義一。33年度が井上ひさしだったとある。
 ご両人ともその後直木賞を受賞した実績をもつ。

***

 私本庄慧一郎が民放テレビの初期、ある局で「サラリーマンの世界を舞台にしたコメディを」という仕事がきた。(当時の小生の筆名は本庄一郎)。
 週1の放送だから、もう一人ライターを――ということで関西から「フジモトギイチ」というお年寄りっぽい名のライターとコンビを組むことになった。
 初めてのミィーティングで、そのライターと初見参した。お年寄りめいた名とは似つかわしくない白いジャケットの二枚目で、映画俳優のようなハンサム! こちとら、ポカンとしてしまった。
 しかも、その男が、初回ミィーテイングが終わると「この種の企画は、ニガ手だからカンベンさせてもらいますワ」とていねいに頭を下げてさっさと帰っていったのダ。
 「憎いあいつ――藤本義一」と、この本庄もつぶやいたなぁ。

 藤本義一さんはダンディであった。それは、「見た目がカッコイイ」という表面的なことではなかったはずだ。人生観・社会観、いや、世界観をふくめての「ナミの芸能人」には及びもつかない上質のコンセプトを持っていたと思う。(どうも、芸能やマスコミに関わったヤカラには表面はともかく、その内実では手におえないような下司下品なのが多いもんねぇ!)

***

 放送作家協会のフルーイ名簿を探し出した。頁をくった。
 「井上ひさし」の名がある。関西の欄には「藤本義一」の名も。
 あの名簿が出てからもうン10年。お二人とも逝ったなぁ。




志賀信夫さん逝く 2012年10月29日/83歳

 志賀信夫さんは「放送批評」というポジションを創造するためにコツコツと仕事をなさってきた方だった。
 文学作品を対象とした文芸批評をはじめ、演劇批評、映画批評、はたまた美術批評などがあるが、「放送」というフィールドには腰をすえて「批評するモノ」などはあるのか?という気配がしつこくまつわりついていた。

 志賀さんのリードで放送批評家懇談会が生まれ、「放送批評」という機関誌を発行された。

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〈望田市郎=本庄慧一郎の本名〉

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(「放送批評」放送批評懇談会・編集 行政通信社刊 1984年2月号より)




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(「放送批評」放送批評懇談会・編集 行政通信社刊 1984年11月号より)

***

 かつて小生が放送や広告のビジネスにどっぷりだった頃には、この『放送批評』の誌上(1984年度)での公開パネルディスカッション【雑食が生んだクイズブーム】にパネラーとして出席。当時の小生(本名・望田市郎名で)は、「クイズ番組ブーム軽薄短小時代の落とし子」とナマイキなことをのたまわったり、CM特集では「近頃CM事情/奇笑の行く末」と題しては「成熟した大人に見放されたテレビ」などと突っぱねている。
 最近の週刊誌でも「テレビ衰退論」はエスカレートするばかりだが、「お笑い」とか「バラエティ」とか、あいかわらずの「クイズ」のアダ花は、それでもシツコク生き永らえている。
 そして、商品である番組をズタズタに寸断するエテガッテなコマ切れのCMの横行――。
 志賀信夫さんがなんとか「批評」の対象にと願った「テレビ」というメディアは、さてどこへ行くのだろうか。
 そういえば、「CM文化」というコトバも耳にすることもない。
 もうひとつ、そういえば「広告批評」(マドラ出版)という専門誌も消えた。
 ということは、テレビ番組もそしてCMももう、こと改めて「批評の対象にする」必要にはないということでしょうかねぇ。

 かつては、テレビ受像機を中心とする家電マーケットシェアを席巻したパナソニックを筆頭とする各メーカーの赤字決算の実情は、ひたすら「おやまあ!」と慨嘆するような数字でアル。

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(東京新聞2012年11月2日朝刊「核心」欄より)


 エンターテインメントという名の「虚色のカラ騒ぎ」でギンギラに彩色されたテレビメディアはいま、「俗受け」という流れに押しやられ、「自覚と自省」のないままにさ迷いゆく捨て小舟だ。
 志賀信夫先輩、これからのテレビはどうなるんですか?
 新しいテレビ受像機が売れないという主因が現在の番組の愚劣さにある――と思いません?
 ご教示ください。



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ケイちゃんの目 ↓


領海侵犯の不安のない「池」の船たち

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— posted by 本庄慧一郎 at 02:01 pm  

「社会&芸能・つれづれ愚差」第290回(通算402回)

あえていま再読する資料のこと

「ノダ・コシイチ and アベ・イシハラ。トウデン・ゲンシリョクムラノモノタチ・イシンノカイノオンドデオドルヤカラタチ……」
いま、政治というフィールドの表層で右往左往する連中のカオを思い出しただけで、気分が悪くなる。

***

当面の仕事の必要でしらべる「時代」の資料が変わる。
このところあらためて「昭和」にこだわっている。
ン十冊という資料本の中から、再読・三読すべきホンを探し出す。ここであえて皆さんに「コレを」と推薦したい。


『昭和史の教訓』保坂正康著/2007年 朝日新聞社刊

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「経験は授業料の高い学校であるが、愚者は他の学校では学ぼうとしない」

――フランクリン/アメリカの政治家


***

任期途中で都知事の任務を放棄したイシハラ氏を「暴走老人」と断裁したのはタナカマキコ氏。
高齢化社会をリード(?)する者たちの中には、確かにとんでもない「頓珍漢」がのさばっているなぁ。


『石原慎太郎よ、退場せよ!』斎藤貴男・吉田司著/2009年 洋泉社刊

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「虚言は真実でないばかりか、いつでもそこには紛争の兇因がふくまれている」

――ウェブスター/アメリカの政治家


***

フルイ週刊誌も、資料としては重要である。
保存データの1冊を探し出して再読する。


『週刊現代』/平成18年12月30日号 講談社刊

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「写真で見る石原慎太郎&ファミリーの(都政私物化)/海外出張19回で2億4300万円超!」
この詳細データに仰天するがネ。
同時に「ボロボロぼんぼん安倍晋三内閣を倒せ!」の記事もいま読むと、とにかくオモロイよ。
それにしても、ざっと4年も前の週刊誌の記事が「大いに役に立つ」なんて……オモロイというのか哀しいというのか?

***

震災復興予算をこじつけ理由で寄ってたかって横取りするなんて……ホントに浅ましいねぇ。
それも「原発輸出調査にも流用」だって。ハレンチここに極まるだぜ。

***

 東京新聞より 以下引用。
ある作業員は福島第一原発に向かう前に、墓参りをした。楽しい思い出が詰まった母校を訪れ、子どものころ遊んだ川べりを歩き、光景を目に焼き付けた。すべては最悪の事態を考えてのことだ。▼本紙で不定期に連載中の『ふくしま作業員日誌』は、収束作業の現場で汗を流す人たちから、聞き取りを重ねた証言集だ。初回は昨年夏。四十七歳の男性が、心情を吐露している。「今回の事故は日本の運命を左右するもの。生まれたからには誰かの役に立ちたいという気持があった」(後略)
(東京新聞 2012年11月2日朝刊「筆洗」欄より)

現在の政治のフィールドで右往左往するヤカラに、こういう人々の胸の内をまっとうに理解する感性はゼロだネ。

***

童謡『唄を忘れたカナリヤ』のメロディでうたう。


 恥を忘れた政治家は
 宇宙の穴(ブラックホール)に埋めましょうか
 いえいえ、それはなりませぬ

 まごころ忘れた政治家は
 核廃棄物とおんなじと
 宇宙の人も 怒ります〜


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***ケイちゃんの目 ↓***


「バカ踊り」でも踊りたい最近のキモチ

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— posted by 本庄慧一郎 at 02:09 pm  

「社会&芸能・つれづれ愚差」第289回(通算401回)

西武池袋線 清瀬駅からの1万歩ウォーク

 所沢駅の2つ手前が清瀬駅です。もう1つ先の秋津駅と所沢駅との間でJR武蔵野線が交差して、そちらは「新秋津駅」です。
 武蔵野台地に位置する清瀬一帯は、戦前は雑木林やケヤキやクヌギの林などがあって……いや、いま現在も、その閑静な風景は残っていて、思いのままのウォーキングに申し分ありません。

***

 とりわけ、戦前は「東京のカルイザワ」ともいえるローカル色の豊かな風情があり、空気がいいという理由からいくつもの結核療養所などが点在していました。

 そう、俳人の石田波郷も、国立東京療養所(当時)に入院療養していました。

   呼吸(いき)吐くことが大事や水仙花
   綿虫やそこは屍(かばね)の出てゆく門
   乙女の声して寒林を屍ゆく

 などの句を遺していますね。
 実は、小生の母親もこの地の信愛病院で(昭和19年夏)逝きました。
 その信愛病院を訪ねあてました。当時、雑木林に囲まれていた質素な病棟は見上げるようなビルになっていて……胸に痛いような感慨をおぼえました――。

***

 たまたま2012年10月25日東京新聞の『発言欄』に、こんな投書がのりました。
 九州福岡県から清瀬の東京病院(波郷が入院していた病院と同じ?)のホスピスに入院していた叔母さんを見舞うために上京した女性(54歳)が、病院を探しあぐねて困り果てていた。見知らぬ地での戸惑いを助けてくれたのは、年配の男性と女性。病院の所在地を訪ねると、その男性が自宅から車を持ってきてくれて、さらに女性の「悪い人じゃないから大丈夫よ」の助言を得て、おかげで叔母さんのお見舞いが出来た――投書者の女性は『お二人は清瀬の神様。ありがとうございます』と文を結んでいた。

***

 ところで、小生はその日、亡き母との思い出のあれこれをたぐり寄せながら清瀬の道をたどり歩いた。そして、西武電車の線路に面した通りで昔ながらのタタミ屋さんの店を見つけた。
 店先のタナに、「タタミ材で作った花びん敷」があった。シャレていた。
 「一輪挿しや小さな置物をのせたらいいなぁ」と、さっそく手にとって眺めた。
 大中小というサイズがあったが、「小さいのを下さい」とタタミの加工作業に忙しいご主人に声をかけた。彼は、「いま、小さいのが切れてるから、これ(中型)を差し上げましょう」と言って、気前よく、ソレを手渡してくれた――。
 「タダでは申しわけない……」と言ったが「どうぞ、どうぞ」といって、作業に戻っていってしまった。

***

 ようやく初秋らしい光と風に出会えた清瀬でのエピソードは、ひたすら俗悪な政治社会のため不快に淀む胸のオリをすっきり拭ってくれた。




●追記

都知事イシハラ氏の突然の辞任と政界

 かつては国会議員を任期途中で投げ出し、今回も都知事を任期途中で放棄した、あいかわらず自己本位の復帰行動。
 もともと彼は根っからの、そして極度の、加えてとことん幼稚な「目立ちたがり屋」である――。
 彼の言動の根底にはビックリするような浅慮や自己顕示欲がしっかりこびりついている。
 彼のイメージの「明快」さは、半世紀以上の自公政権のうさん臭さと、さらに取って代わった民主党という実行力ゼロ集団の、悪影響に災いされた「反作用・乱反射」に過ぎない。
 その「明快」さを「迷怪」の2文字に置き換えて、いまこそ選挙民は腹を据えて熟慮し、今後の日本のためになるまっとうな判断をしなければ――それこそこの「祖国」は自滅する。
 ちなみに、東京新聞の記事『福島第一(原発) 県外の知事が初めての視察』によれば、イシハラ氏は『(略)事故をもって、開発した新しい技術を放り出すのはおろか』(東京新聞2012年10月25日朝刊27面)と発言している。
 「馬耳東風人種」はコワイ。


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ケイちゃんの目 ↓

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**清瀬の畳屋さんに戴いた花瓶敷き**



第二のふるさと 石神井寸景

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**三宝寺 スナップ**

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**道場寺 スナップ**

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**氷川神社 お祭りのスナップ**

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**お神楽のスナップ**

— posted by 本庄慧一郎 at 02:06 pm  

「社会&芸能・つれづれ愚差」第288回(通算400回)

本庄慧一郎のこのHPを訪問して下さる皆さんへ

 この「社会&芸能・つれづれ愚差」を訪問して下さっている皆さんへ「どうもありがとうございます」と、心から謝意を表します。
 原則は「週1更新」ということで、(途中、10万人にひとりといわれる確率の難病ギランバレー症候群の罹病で2ヶ月の入院&リハビリ、やむなく休筆があり)とにもかくにも400回になりました。


 「1年52週」ということでワリ算すると(入院2ヶ月がなかったら)ざっと8周年弱。実は「社会・芸能つれづれ愚差」のタイトル以前にもあれこれの連載があるので、とにかく8年という時が過ぎました。


 白状すると小生はとことんのキカイ・オンチで、「文章を書く」と「シャシンを撮る」以外は、人まかせ。初めにこのHPを立ち上げるきっかけを作って下さったK・Kさん。そしてわがムスコやムスメたちのフォローがなかったら「始まらない」ことでした。


 もともとがアナログ人種で、いくつかの「物書き業」(放送作家/コピータイター/時代小説作家/そして脚本家)はソレで通してきました。1998年6月に「2万日ダイアリー」という分厚い日記帳を入手。折にふれて日々の雑感を記入していましたが、このHPをスタートさせるとそっちはオロソカになりました。


 そのダイアリーの頁から滑り落ちたメモの五七五を転載します。ご笑覧を。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ――1997年 秋八句――

短日や無知蒙昧の大臣の眼

生き急ぎ死に急ぐ人よ空(から)の蝉

友が逝く幸せもどき梅もどき

末枯(うらが)れの風の行方よ野良の猫

バイオレンス映画疎まし茶碗酒

淫売婦に見える女ばかり夏果つる

接吻という言葉ありけりちちろ鳴く

喧噪と虚の町捨てていのこずち

                                    一 露(本庄慧一郎)


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 マスコミ業界の人たちとは疎遠になりました。
 でも、何人かの方々とは気持のいいおつきあいをさせて頂いています。
 たとえば、元TBSのディレクターだった岡本安正さん。ずっとフォトに凝っていらっしゃって、ウデ前は「プロ」。折にふれて小生を撮って下さいます。
 今回も、好きな街・阿佐ヶ谷界わいをロケして――感謝しています。
 それで「勝手に400回記念」と銘打って、岡本さんに撮って頂いたフォトをのせさせて頂きますので、どうぞヨロシク。


撮影:岡本安正氏(3点)↓

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**2000年 春 自宅にて**


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**2004年 夏 石神井公園にて**


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**2012年 秋 阿佐ヶ谷にて**





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ケイちゃんの目 ↓


見上げてごらん 秋の空を

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— posted by 本庄慧一郎 at 02:04 pm  


*** お知らせ ***
自主CDを制作
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平和を願う歌
「鳥になれたらいいね」
総合プロデュース:本庄慧一郎
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