東京新聞エッセイ15回連載中
愛読している東京新聞からの依頼で、「わが街わが友」というリレー・エッセイを連載中デス。(08年2月6日(水)より土日をのぞく15回でこの文章を書いている2月15日(金)現在で7回目)
各界でご活躍の著名な方々のこのシリーズ、ずっと興味ぶかく拝読してきたが、とりたてて〔有名でもないボク〕にとってはソモソモ、〔自分そのものについて書く〕ということは初体験(!)であった。
まず、三人の子どもたちから「お父さんの小さい時のこと、初めて知った」と言われましたからネ。
そして「読んでます」という思いがけない人たちのいくつものリアクション。
かつてラジオのリクエスト番組の仕事をしている時、1枚のハガキは2000人のリスナーを代表していると思え――と言われたのを思い出した。
ぼくのエッセイを読むために東京新聞の購読を始めた人たちも大ぜいいて……。うれしいエピソードいろいろ。
いずれ、望田市郎→本庄一郎→本庄慧一郎の来し方をさらにこまかく書きまとめたいと意欲している昨今。
東京新聞の皆さんに、謝々!
墓参りというルンルン・タイム
このHPでも何度か書いたが、ぼくは趣味がありません。
つまり、本を買い求めること、本を読むこと。映画・演劇をせっせと観ること、音楽を聴くこと……みんな仕事につながるからデス。
実は〔気ままなさまよい歩き〕も大好きなのですが、これもやっぱり小説書きにとっては必修課目なのデスねぇ。
いまは時代小説で江戸時代を素材にしているけれど、現在の街のたたずまいやそこに暮らす人々の息吹を起点にして過去に遡るというイトナミは、これはまたボクの必修課目なのです。
もちろん、両の足をナヨナヨさせないために――もあります。
それで、仕事の区切り(350枚ほどの文庫一冊分を書き上げた時とか、著者校正の赤ペン作業を終了した時とか)にはさっさと出かけるのデス。といってもパリとかニューヨークなんて所ではなく、もっぱら「行きあたりバッタリ」のフリー・ウォーク。
わりと好きなコースは墓参りコース。
あの「トトロの森」のモデル地に近い、いわゆる〔公園墓地〕。
たとえば、ついこの間(2月11日)の寒さはきついがよく晴れた日には、ワイフと二人のルンルン墓参りは、ヨカッタ!
ふと「千の風になって」を口ずさむが――
私はそこにいません……。あのコトバです。
そう、ぼくも「死後」については「風になって」と思っています。
でもね、とにかく、血を分け合った人たちの、そしてかけがえのない人間としての縁(えにし)で結ばれた人たちの遺骨が安置されている場所には、ほかの俗っぽい場所にはない霊気のようなものを感じるのです。(断っておきますが、ヘンな宗教心は皆無です)
墓石を洗い清め、献花し、線香をくゆらす。そして、現在の自分とこれからの自分をしみじみとかえりみるのです。
やたらセカセカと忙しがっている〔都会人〕をホンのしばし捨てるのです。
ご先祖さまをダシにして、心の深呼吸――といった趣向ですなぁ。
ポケットウィスキーをチクとやってね、これ、とってもいい気分!
わが望田家の墓苑には、ミュージシャンの尾崎豊君の墓、マンガ家滝田ゆうさんの墓、画家いわさきちひろさんの墓などもあるので、毎回お三人に、心の内で「こんにちは」とあいさつをしたりするのです。
帰途はきまって、所沢の街の居酒屋で昼食。ナンデモアリのこの店で、昼間からワイフ相手に好きなサケを呑んでね、これがいいね。
でも、昼間からユーレイが出そうに荒れているお墓がずいぶんあるなぁ。お墓というのは子孫たちの気持や心の質がそっくり現れてしまうのデス。
バチがあたるとは思えないけど、結局、いいことないのではないかと、つい心配しとるのデス。
それにしても、ご先祖様の墓前に素直に立って、現在の自分を見直すとか考えるというのは、心とからだの健康のためには絶対の必修科目ですぞ。
そして昨日、2月14日。アホバカマスコミはバレンタイン・チョコがどうのこうのと姦しいけれど、こちとら夫婦は、吉祥寺経由の深大寺詣で心の洗たくをしました。
深大寺そば(そのタイトルを信じている!)と、香ばしいぬれせんべいとおやきを肴にカップ酒でホロホロ酔ってね。
ヘン! 何がコース5万円の三ツ星レストランだい!
そう、〔成り上がり〕にも〔成り下がり〕にもなりたくないなあ。
「社会&芸能・つれづれ愚差」第46回(通算156回)
2008/2/8
「千の風になって」の新井満さん
テレビのある音楽番組で、新井満さんが、「千の風になって」の自作の歌詞(日本語詞)を朗読するのを聴いた。
いや、前半を朗読して、後半を歌った。
とてもよかった。とりわけその〔語り〕は心にしみた。
秋川雅史さんの歌ももちろんGoodである。
ぼくの二十数年来の友人である渡辺洋さん主催の異業種交流のパーティで(もう二十数年も続いている)、秋川さんが歌ったのをじかに聴いている。NHKの「紅白歌合戦」出演以前である。
近頃の若い歌い手のだらしのない歌唱(日本語を外国語のようにくずして歌う)とは異なる彼の唱法とマナーに好感をもった。
でも、新井満さんの朗読には、彼の歌唱とは別の説得力と魅力が横溢していた。
新井満さんとの思い出
ぼくが本名の望田市郎で広告のコピーライターをやっていた時代に同業の新井満さんと何度かお会いしている。
昭和51(1976)年頃、ぼくが日本語詞を書いたイタリアの歌曲「チンチン・ポンポン」が発売元のキングレコードからヒット賞をもらった。
その席上で、新井満さんと隣り合わせた。
「モチダさんは何で?」と彼。
「あの…『チンチン・ポンポン』で…。新井さんは?」
「ぼくは『ワインカラーのときめき』で」と彼は答えた。
たしか、作詞・作曲・歌が新井満さんで、カッコよかった。
その後の彼は芥川賞を受賞なさった。これもカッコよかった。
芥川賞とは関係ないが、ぼくも時代物(エンターテインメント)小説を書き始めた。(文庫書き下ろしは、50冊に向けて作業中)
100万枚突破のCDのカップリングは……
「千の風になって」の大ヒットに拍手した。
もうひとつ、この曲のカップリングがぼくにはうれしかった。
美空ひばりの「リンゴ追分」なのである。
ぼくの叔父であり、また物書きとしての師でもあった劇作・脚本家の故小沢不二夫作詞・米山正夫作曲のあの歌だ。
このCDを手にした時(前出の渡辺洋さんからプレゼントされたのだ)に即、「このセンスはいいなあ」と感心した。
そして当然、秋川雅史さんの「リンゴ追分」もGoodだった。
ソプラノ歌手木山みづほさんのコンサートで……
秋川雅史さんとご同業の木山みづほさん(ソプラノ/二期会所属)とはそろそろ10年なるおつきあいである。
木山みづほさんは、コンサートや発表会でのレパートリー曲の歌詞(日本語の歌曲を大事に歌っている)をまず朗読するのである。そのけい古のためにぼくの所に通ってきた――。
さらに、ぼくの小説(時代物・江戸人情物)の“読み語り”をずっと研修してきた。
ぼくは、本庄慧一郎流でコーチしてきた。
その方法論は、演劇の基礎訓練や、ラジオ・テレビの〔音声化される言葉〕のためのノウ・ハウの援用である。
近頃の(とつい口にするトシになった)タレントたちのおざなりの、行きあたりバッタリのしゃべりとはまるで異なるチカラを木山みづほさんは身につけた――と思っている。
1時間、いや1時間半も一人で、五役六役も演じ分ける独演でも、さすがパワーが落ちない。同時に、江戸弁っぽい男役も演じるのダ。
そういえば、「木山みづほソロ・コンサート」のアンコールの場面で、ぼくは乞われるままに「リンゴ追分」を歌ったことがある。
ピアノは園田容子さん。カラオケなどの場では、あの「せりふ」までもヌケヌケとやるぼくだが、この日はさすがにプロの前でということもあって、アガって、トチった――。
原稿のあるものを、しっかり音声化すること
新井満さんの自作詞朗読のことに話をもどしマス。
このところ、政治家たちもふくめて舌禍・失言による問題が続発している。
そして、ラジオ・テレビなどのマスコミでのタレントや芸能人のコトバの劣悪化……これはもう救い難い。
2年半ほど前、入院生活を余儀なくされ、ついでに久しぶりにラジオをじっくり聴いた。ラジオ・テレビはぼくの出身母胎であるのダ。
同期の永六輔さんや先輩の小沢昭一さんの番組など〔ごく一部の方々〕の番組は別格として、深夜の若いタレントの番組は……ありゃ、何だ? ですね。
今回、倖田來来という歌い手の「羊水は腐る」といった舌禍事件が問題化しているが、食品の偽装事件と同様、あれは〔氷山の一角〕といえるね。
深夜番組は〔若者たちの解放区〕なんていうが、あれは〔コトバの暴走族〕デス。
ジャズにアドリブ奏法というのがあるが、あれはデタラメ奏法ではない。音楽を楽典的に、また担当楽器の奏法等をきちんとマスターしたプレイヤーのみが参加できるものですよね。
いま、跳りょうバッコするテレビ・ラジオの〔勝手なしゃべり〕は言語表現に対して全く無知な者たちの暴走でしかない。(だから、暴言・妄言・失言はあって当然! そして局のスタッフたちのナアナア体質と……ああ!)とお思いになりませんか新井満さん?
テレビのある音楽番組で、新井満さんが、「千の風になって」の自作の歌詞(日本語詞)を朗読するのを聴いた。
いや、前半を朗読して、後半を歌った。
とてもよかった。とりわけその〔語り〕は心にしみた。
秋川雅史さんの歌ももちろんGoodである。
ぼくの二十数年来の友人である渡辺洋さん主催の異業種交流のパーティで(もう二十数年も続いている)、秋川さんが歌ったのをじかに聴いている。NHKの「紅白歌合戦」出演以前である。
近頃の若い歌い手のだらしのない歌唱(日本語を外国語のようにくずして歌う)とは異なる彼の唱法とマナーに好感をもった。
でも、新井満さんの朗読には、彼の歌唱とは別の説得力と魅力が横溢していた。
新井満さんとの思い出
ぼくが本名の望田市郎で広告のコピーライターをやっていた時代に同業の新井満さんと何度かお会いしている。
昭和51(1976)年頃、ぼくが日本語詞を書いたイタリアの歌曲「チンチン・ポンポン」が発売元のキングレコードからヒット賞をもらった。
その席上で、新井満さんと隣り合わせた。
「モチダさんは何で?」と彼。
「あの…『チンチン・ポンポン』で…。新井さんは?」
「ぼくは『ワインカラーのときめき』で」と彼は答えた。
たしか、作詞・作曲・歌が新井満さんで、カッコよかった。
その後の彼は芥川賞を受賞なさった。これもカッコよかった。
芥川賞とは関係ないが、ぼくも時代物(エンターテインメント)小説を書き始めた。(文庫書き下ろしは、50冊に向けて作業中)
100万枚突破のCDのカップリングは……
「千の風になって」の大ヒットに拍手した。
もうひとつ、この曲のカップリングがぼくにはうれしかった。
美空ひばりの「リンゴ追分」なのである。
ぼくの叔父であり、また物書きとしての師でもあった劇作・脚本家の故小沢不二夫作詞・米山正夫作曲のあの歌だ。
このCDを手にした時(前出の渡辺洋さんからプレゼントされたのだ)に即、「このセンスはいいなあ」と感心した。
そして当然、秋川雅史さんの「リンゴ追分」もGoodだった。
ソプラノ歌手木山みづほさんのコンサートで……
秋川雅史さんとご同業の木山みづほさん(ソプラノ/二期会所属)とはそろそろ10年なるおつきあいである。
木山みづほさんは、コンサートや発表会でのレパートリー曲の歌詞(日本語の歌曲を大事に歌っている)をまず朗読するのである。そのけい古のためにぼくの所に通ってきた――。
さらに、ぼくの小説(時代物・江戸人情物)の“読み語り”をずっと研修してきた。
ぼくは、本庄慧一郎流でコーチしてきた。
その方法論は、演劇の基礎訓練や、ラジオ・テレビの〔音声化される言葉〕のためのノウ・ハウの援用である。
近頃の(とつい口にするトシになった)タレントたちのおざなりの、行きあたりバッタリのしゃべりとはまるで異なるチカラを木山みづほさんは身につけた――と思っている。
1時間、いや1時間半も一人で、五役六役も演じ分ける独演でも、さすがパワーが落ちない。同時に、江戸弁っぽい男役も演じるのダ。
そういえば、「木山みづほソロ・コンサート」のアンコールの場面で、ぼくは乞われるままに「リンゴ追分」を歌ったことがある。
ピアノは園田容子さん。カラオケなどの場では、あの「せりふ」までもヌケヌケとやるぼくだが、この日はさすがにプロの前でということもあって、アガって、トチった――。
原稿のあるものを、しっかり音声化すること
新井満さんの自作詞朗読のことに話をもどしマス。
このところ、政治家たちもふくめて舌禍・失言による問題が続発している。
そして、ラジオ・テレビなどのマスコミでのタレントや芸能人のコトバの劣悪化……これはもう救い難い。
2年半ほど前、入院生活を余儀なくされ、ついでに久しぶりにラジオをじっくり聴いた。ラジオ・テレビはぼくの出身母胎であるのダ。
同期の永六輔さんや先輩の小沢昭一さんの番組など〔ごく一部の方々〕の番組は別格として、深夜の若いタレントの番組は……ありゃ、何だ? ですね。
今回、倖田來来という歌い手の「羊水は腐る」といった舌禍事件が問題化しているが、食品の偽装事件と同様、あれは〔氷山の一角〕といえるね。
深夜番組は〔若者たちの解放区〕なんていうが、あれは〔コトバの暴走族〕デス。
ジャズにアドリブ奏法というのがあるが、あれはデタラメ奏法ではない。音楽を楽典的に、また担当楽器の奏法等をきちんとマスターしたプレイヤーのみが参加できるものですよね。
いま、跳りょうバッコするテレビ・ラジオの〔勝手なしゃべり〕は言語表現に対して全く無知な者たちの暴走でしかない。(だから、暴言・妄言・失言はあって当然! そして局のスタッフたちのナアナア体質と……ああ!)とお思いになりませんか新井満さん?
— posted by 本庄慧一郎 at 12:00 pm
「社会&芸能・つれづれ愚差」第45回(通算155回)
2008/2/1
「明日があるさ」というヒットソングがあった
株価に一喜一憂、キリキリ舞いする連中のテーマソングではない。ご存じ坂本九のヒットソングである。
かく申すワタクシ、株などはもちろん、ギャンブルはまるでダメ男です。
ケイリン・ケイバまるでダメ。カード・マージャンこれもダメ。さらにゴルフなどまるで興味なし。
ずっとマスコミ・ゲーノー界で暮らしてきたのに……こういうツキアイとはきっぱり関係なかった〔変種〕デス。
株価の乱高下はともかく、それにしても政治及び政治家どもの乱調はヒドイを通り越してデタラメだね。
思えば、選挙のつど「明日があるさ」と胸中で歌ってきたのだ。ちっともそれらしい〔明日〕なんか来ないね。
「国民の生活を第一に考える政治」――?
♪いまさら、何を言ってんのさ〜 というド演歌もあった。
あのソーリ大臣の施政方針演説てえのはまったくウツロだったぜ。
現在の国会は「ガソリン国会」だと。
いわゆる〔道路族〕なる寄生政事屋たちのインチキは次々と暴かれているし、〔天下り族〕という連中の厚顔鉄皮――鉄仮面ぶりにもウンザリ。あの種のヤカラには「カエルの面にションベン」で、たじろぐことも怯むこともない。
犬でも猫でも、いやその道の専門家に言わせると、馬やブタでも羞恥心をもっていると言うがな、もし。
〔天下り役人〕という名のハレンチ人種は、ありゃ何だ?
〔ハレンチ人種〕という呼び方をこの際、〔ハレンチ珍獣〕と変更したい。
いまはやりの〔江戸〕ですけどね……
近頃のはやりのひとつ〔江戸〕。
時代小説書きのハジッコで生活している小生としては、それはそれでありがたいことだが……。
ま、礼儀とか、しきりにとか、エコロジーとかとか。確かに学ぶべきことは多い。けれどです、徳川幕府の政治姿勢は、ありゃダメです。
まず「百姓は生かさず殺さず」から始まり、すべて権力者横暴のワダチに庶民は蹂躙(じゅうりん)されっ放しだったのでアル。
徳川将軍家は、権力保持にひたすら汲々としており大名や藩主たちが財力を貯え、謀反をたくらむ、または反旗をひるがえすことを恐れて、参勤交代をはじめ、〔公共事業〕にかこつけて費用を負担させて、彼らのふところを揺さぶった。
にもかかわらず、大名だのトノサマなどという輩は、あいかわらずエテガッテなことをして金を浪費する。そこできまって農民の年貢米の量をガンガン増やした。つまり〔増税〕ですね。
そんな暴政・暴挙に抗議して「民の願いよ、官に届け!」という農民たちの抗議行動が頻発した。
資料の「百姓一揆の年次的研究」(青木虹二著/新生社)などなどを調べると、その件数たるや……ぼう大である。
つまり、江戸時代を語るとき、この格差(差別)社会の理不尽を抜きにしては成立しないと考えるのデス。
しかし、ぎりぎり切迫した農民たちの抗議行動の大部分は〔主謀者の死罪〕と家族親類一族への厳罰と処分で〔勝訴〕する例はほとんどなかったのだ。
公金を無駄遣いしたあげく増税するという構図
いま、諸物価高騰の嵐が吹き荒れている。
しかも、国の大赤字財政が改善される気配もない。
税金の食い荒らしはますますエスカレートして、あげく増税である。
徳川政権の時代と現在とちっとも変わっていないのデス。
いや、むしろ、権力者及びその関係者たちの隠蔽工作は一層巧妙化していて、食い荒らす公金の額は巨大化するばかり――。
07年「偽」――08年「毒」? それとも「殺』?
あいかわらず戦争好きというか、戦争商人たちの暗躍は目に余る。
07年を象徴する文字が「偽」だったが、さて08年は? 「毒」ですか、それとも「殺」ですか?
それにしても、殺人事件や大量死につながる事故が多い。
「明日があるさ」という希望や可能性への期待を喪失した人間たちは、どこへ行くのか。
株価に一喜一憂、キリキリ舞いする連中のテーマソングではない。ご存じ坂本九のヒットソングである。
かく申すワタクシ、株などはもちろん、ギャンブルはまるでダメ男です。
ケイリン・ケイバまるでダメ。カード・マージャンこれもダメ。さらにゴルフなどまるで興味なし。
ずっとマスコミ・ゲーノー界で暮らしてきたのに……こういうツキアイとはきっぱり関係なかった〔変種〕デス。
株価の乱高下はともかく、それにしても政治及び政治家どもの乱調はヒドイを通り越してデタラメだね。
思えば、選挙のつど「明日があるさ」と胸中で歌ってきたのだ。ちっともそれらしい〔明日〕なんか来ないね。
「国民の生活を第一に考える政治」――?
♪いまさら、何を言ってんのさ〜 というド演歌もあった。
あのソーリ大臣の施政方針演説てえのはまったくウツロだったぜ。
現在の国会は「ガソリン国会」だと。
いわゆる〔道路族〕なる寄生政事屋たちのインチキは次々と暴かれているし、〔天下り族〕という連中の厚顔鉄皮――鉄仮面ぶりにもウンザリ。あの種のヤカラには「カエルの面にションベン」で、たじろぐことも怯むこともない。
犬でも猫でも、いやその道の専門家に言わせると、馬やブタでも羞恥心をもっていると言うがな、もし。
〔天下り役人〕という名のハレンチ人種は、ありゃ何だ?
〔ハレンチ人種〕という呼び方をこの際、〔ハレンチ珍獣〕と変更したい。
いまはやりの〔江戸〕ですけどね……
近頃のはやりのひとつ〔江戸〕。
時代小説書きのハジッコで生活している小生としては、それはそれでありがたいことだが……。
ま、礼儀とか、しきりにとか、エコロジーとかとか。確かに学ぶべきことは多い。けれどです、徳川幕府の政治姿勢は、ありゃダメです。
まず「百姓は生かさず殺さず」から始まり、すべて権力者横暴のワダチに庶民は蹂躙(じゅうりん)されっ放しだったのでアル。
徳川将軍家は、権力保持にひたすら汲々としており大名や藩主たちが財力を貯え、謀反をたくらむ、または反旗をひるがえすことを恐れて、参勤交代をはじめ、〔公共事業〕にかこつけて費用を負担させて、彼らのふところを揺さぶった。
にもかかわらず、大名だのトノサマなどという輩は、あいかわらずエテガッテなことをして金を浪費する。そこできまって農民の年貢米の量をガンガン増やした。つまり〔増税〕ですね。
そんな暴政・暴挙に抗議して「民の願いよ、官に届け!」という農民たちの抗議行動が頻発した。
資料の「百姓一揆の年次的研究」(青木虹二著/新生社)などなどを調べると、その件数たるや……ぼう大である。
つまり、江戸時代を語るとき、この格差(差別)社会の理不尽を抜きにしては成立しないと考えるのデス。
しかし、ぎりぎり切迫した農民たちの抗議行動の大部分は〔主謀者の死罪〕と家族親類一族への厳罰と処分で〔勝訴〕する例はほとんどなかったのだ。
公金を無駄遣いしたあげく増税するという構図
いま、諸物価高騰の嵐が吹き荒れている。
しかも、国の大赤字財政が改善される気配もない。
税金の食い荒らしはますますエスカレートして、あげく増税である。
徳川政権の時代と現在とちっとも変わっていないのデス。
いや、むしろ、権力者及びその関係者たちの隠蔽工作は一層巧妙化していて、食い荒らす公金の額は巨大化するばかり――。
07年「偽」――08年「毒」? それとも「殺』?
あいかわらず戦争好きというか、戦争商人たちの暗躍は目に余る。
07年を象徴する文字が「偽」だったが、さて08年は? 「毒」ですか、それとも「殺」ですか?
それにしても、殺人事件や大量死につながる事故が多い。
「明日があるさ」という希望や可能性への期待を喪失した人間たちは、どこへ行くのか。
— posted by 本庄慧一郎 at 01:33 pm
「社会&芸能・つれづれ愚差」第44回(通算154回)
2008/1/25
考えてみたら、まるで「自分のこと」を書いたことがなかった
昨年(07年)の12月、愛読する東京新聞さんから「TOKYO発」の頁の〔わが街わが友〕を書きませんか、といううれしいオファーを頂いた。
〔書く〕という行為そのものは、もう半世紀(!)も続けてきた。
ラジオ・テレビの放送作家、広告のプランナー・コピーライター・作詞。
そして現在の小説などなど、それこそ400字原稿用紙のマス目埋めで、1日に15枚、20枚というような日々を送ってきました。
しかし――自分のことをじかに書いたことがまるでなかった。
もちろん、著書の自己紹介文に要約した略歴(200字分ほど)をのせることはあったが。
今回は1回分800字ほどで15回という形式で書かせて頂くことになった。
となったら、あの街のこともこの人のことも……あれもこれもと思いばかりが先行して、指定の枚数を完全にオーバーして、整理にキリキリ舞いしてしまいました。
放送番組も、ラジオ・テレビのコマーシャルも、オーバーランは厳禁。
きっちり指定の枠内に収めるのが大原則だし、そんな作業はとうに慣れっこになっているはずが、今回はオタオタしたのデス。
魅力ある仕事の仲間と、畏敬できる先達の皆さんのこと
なにしろ、自称(!)「仕事ひとすじ」であった――。
エラソーに受け取られるかもしれないが、つまり、趣味というほどのコトをする気持とおカネのゆとりなどない、ツマラナイ男ということなのデス。
仕事(表現作業)が好きだったということ、それはあります。
まず、クライアント(依頼主)に、とにかく「なるほど!」と言ってもらう仕事を心がけてきたつもりだ。そして「なるほど!」とつぶやく仕事のクルーや先輩・先達との出会いで、「NEXT」へと意欲をつないだ――このパターンのくり返しだったようです。
そのプロセスで邂逅した、それは魅力的なキャラクターと才能をお持ちの方々が、さまざま、イロイロいて、今回はその一部をご紹介させて頂いたわけです。
「人間の終値」または「人生の終値」というタイトルで……
上記のタイトルで、いずれ腰をすえて一文をまとめる予定ですが、この際、東京新聞さんの掲載記事と併行して、当HPにその補足エッセイをのせたいと思っております。
どうぞ皆さん、いずれもご笑覧下さいますよう、ここに謹んでお願い申しあげます。
昨年(07年)の12月、愛読する東京新聞さんから「TOKYO発」の頁の〔わが街わが友〕を書きませんか、といううれしいオファーを頂いた。
〔書く〕という行為そのものは、もう半世紀(!)も続けてきた。
ラジオ・テレビの放送作家、広告のプランナー・コピーライター・作詞。
そして現在の小説などなど、それこそ400字原稿用紙のマス目埋めで、1日に15枚、20枚というような日々を送ってきました。
しかし――自分のことをじかに書いたことがまるでなかった。
もちろん、著書の自己紹介文に要約した略歴(200字分ほど)をのせることはあったが。
今回は1回分800字ほどで15回という形式で書かせて頂くことになった。
となったら、あの街のこともこの人のことも……あれもこれもと思いばかりが先行して、指定の枚数を完全にオーバーして、整理にキリキリ舞いしてしまいました。
放送番組も、ラジオ・テレビのコマーシャルも、オーバーランは厳禁。
きっちり指定の枠内に収めるのが大原則だし、そんな作業はとうに慣れっこになっているはずが、今回はオタオタしたのデス。
魅力ある仕事の仲間と、畏敬できる先達の皆さんのこと
なにしろ、自称(!)「仕事ひとすじ」であった――。
エラソーに受け取られるかもしれないが、つまり、趣味というほどのコトをする気持とおカネのゆとりなどない、ツマラナイ男ということなのデス。
仕事(表現作業)が好きだったということ、それはあります。
まず、クライアント(依頼主)に、とにかく「なるほど!」と言ってもらう仕事を心がけてきたつもりだ。そして「なるほど!」とつぶやく仕事のクルーや先輩・先達との出会いで、「NEXT」へと意欲をつないだ――このパターンのくり返しだったようです。
そのプロセスで邂逅した、それは魅力的なキャラクターと才能をお持ちの方々が、さまざま、イロイロいて、今回はその一部をご紹介させて頂いたわけです。
「人間の終値」または「人生の終値」というタイトルで……
上記のタイトルで、いずれ腰をすえて一文をまとめる予定ですが、この際、東京新聞さんの掲載記事と併行して、当HPにその補足エッセイをのせたいと思っております。
どうぞ皆さん、いずれもご笑覧下さいますよう、ここに謹んでお願い申しあげます。
東京新聞「TOKYO発」欄「わが街わが友」
08年2月6日〜土日を除く〜15回。(予定)
08年2月6日〜土日を除く〜15回。(予定)
— posted by 本庄慧一郎 at 11:06 am
「社会&芸能・つれづれ愚差」第43回(通算153回)
2008/1/18
「ペテン師と詐欺師」日生劇場(08.1.7所見)
鹿賀丈史・市村正親という手堅い役者を揃えてのミュージカル・コメディということで期待して観た。
このお二人の演技の技巧をうんぬんする以前に題名の「ペテン師と詐欺師」についてこだわった。というのも07年を象徴する漢字の「偽」が示すように、現今の日本の政治・社会はすべからくペテン師&詐欺師のオン・パレードだからだ。
しかし、この物語りの原作は外国のその昔のこと、というわけで「その昔、ある国のあるリゾート地で、こんなドタバタがありました」という枠を出ない――といより派手な日生劇場の舞台のプロセミアムから観客席へとビンビン響いてくる「共鳴感」が希薄だった。
「コレはこれ」「ソレはそれ」ということなんだろうな。
そう歌舞伎の「古典」という演目を眺めているような距離があった。
ご両所のファンらしき女性客(がほとんどで男性はチラホラ)は好意的な拍手をしていたが、とにかく「現代」と乖離した舞台には素直に同化できなかった。
歌舞伎はともかくとして、「その昔のお話」を現代に蘇生(再演)するためには、やはりそれなりの工夫が必要ではないんですかね。
菊田一夫作「花咲く港」も観たんですけど……。
いつだったか、国立新劇場で同じペテン師を主人公にした菊田一夫作「花咲く港」を観たが、あの場合にも「現代を撃つもの」はなかった。
そう、素材がペテン師や詐欺師でなければ「コレはこれ」でもいいが……。あらためて言いますけど、現代の日本の政治・社会にバッコする「偽」と無関係の「ペテン師と詐欺師物語」って……妙なモノですね。
そういうコトを現代演劇の舞台に求めるのは誤りなんでしょうかね。
そういえば、テアトルエーの1月29日からの公演、俳優座劇場の「エリック&ノーマン――Cash on Delivery」も、ペテン師のお話だったなあ。
鹿賀丈史・市村正親という手堅い役者を揃えてのミュージカル・コメディということで期待して観た。
このお二人の演技の技巧をうんぬんする以前に題名の「ペテン師と詐欺師」についてこだわった。というのも07年を象徴する漢字の「偽」が示すように、現今の日本の政治・社会はすべからくペテン師&詐欺師のオン・パレードだからだ。
しかし、この物語りの原作は外国のその昔のこと、というわけで「その昔、ある国のあるリゾート地で、こんなドタバタがありました」という枠を出ない――といより派手な日生劇場の舞台のプロセミアムから観客席へとビンビン響いてくる「共鳴感」が希薄だった。
「コレはこれ」「ソレはそれ」ということなんだろうな。
そう歌舞伎の「古典」という演目を眺めているような距離があった。
ご両所のファンらしき女性客(がほとんどで男性はチラホラ)は好意的な拍手をしていたが、とにかく「現代」と乖離した舞台には素直に同化できなかった。
歌舞伎はともかくとして、「その昔のお話」を現代に蘇生(再演)するためには、やはりそれなりの工夫が必要ではないんですかね。
菊田一夫作「花咲く港」も観たんですけど……。
いつだったか、国立新劇場で同じペテン師を主人公にした菊田一夫作「花咲く港」を観たが、あの場合にも「現代を撃つもの」はなかった。
そう、素材がペテン師や詐欺師でなければ「コレはこれ」でもいいが……。あらためて言いますけど、現代の日本の政治・社会にバッコする「偽」と無関係の「ペテン師と詐欺師物語」って……妙なモノですね。
そういうコトを現代演劇の舞台に求めるのは誤りなんでしょうかね。
そういえば、テアトルエーの1月29日からの公演、俳優座劇場の「エリック&ノーマン――Cash on Delivery」も、ペテン師のお話だったなあ。
— posted by 本庄慧一郎 at 11:08 am