「ニッポンの芸能人」シリーズ81

やっぱりドキドキ・ワクワクを創りたい
 10月の初旬、テアトル・エコーで、「大都映画撮影所物語」について演出の永井寛孝さんと共にY新聞の演劇担当T記者さんのインタビューを受けた。
 そのT記者さんには、8年半ほど前(98年3月)に、荒川区の区報「ほっとたうん」でインタビューを受けていた。
 その記事の中で、ぼくは「コミュニケーションのスーパーマーケット」と自称している。T記者さんはそのことを憶えていて下さった。
 念願の舞台のホンを具体化できての取材での〔再会〕は文句なしに嬉しかった。(記事は10月23日付のY新聞に写真入りで大きく掲載された)
 この記事に先行してT新聞の社会部記者さんK氏が、「徹底した庶民主義・大都映画舞台で復刻」と社会面6段のトップで紹介して下さった。
 いずれの記事も「大都」へのぼくの思いをそっくり紹介してくれていて、大勢の友人知人からうれしい反響があった。ぼくはこのドキドキ・ワクワクはぜったい忘れないだろう。

「もうひとつの出発」としての舞台公演
 現在、さいわいなことに、文庫書き下ろし時代小説の仕事は、「最低1日15枚」というノルマを自分に課して執筆している。(この11月も、学研M文庫と廣済堂出版時代物文庫と2冊出る)
 でも、今回のエコー公演の観客動員にはめいっぱい努めたいと、友人知人そして先輩の皆さんにせっせとお知らせの手紙を書いた。
 この原稿を書いている11月10日(金)現在、すでに100名という大台を大きく越える方々が観に来て下さることになっている。皆さんお忙しい方ばかりなので、公演近くなると、また事務所の電話とFAXがフル稼働するだろう。
 演劇評論家・芸能史家・文芸評論家。映画監督・脚本家・テレビ・ディレクター・演劇・映画プロデューサー。俳優・タレント。そして社会評論家・ジャーナリスト……と、現在マスコミ界第一線で活躍している方々……。
 加えて、ぼくが好意をもっている親しい友人知人の皆さんにご案内を差しあげた。
 近頃しきりに思うのは「快いエピソードを共有できる人とのていねいなおつきあい」だが、その思いはちゃんと具体化されている。

貴重な縁(えにし)のふしぎな蘇生
 ずっと以前、「真野響子のカティサーク」のCFの企画・制作をやった時、グラフィックを担当したT氏とも永いおつきあいだ。
 彼はクリエイティブ・プロダクションのオーナーだが、大の映画好きで、私財を投じて短篇映画「アイロン」を制作。その作品が過日、カンヌ映画祭ヤング批評家大賞を獲得した。
 その祝賀パーティの席で、かつてぼくが広告を志してコピーライターとして勤めたDK広告代理店のOBお二人と嬉しい再会をした。
 話はちょっと戻るが、ぼくは昨年の夏、とんでもない大病をして2ヶ月の入院とリハビリ生活をしたが、直後、自主リハビリとして「小説版大都映画」400枚に挑戦した。
 エコーの舞台脚本とは異なり、昭和11年から16年(1936年〜1941年)にわたる短篇連作形式で未発表のこの作品の書籍化、テレビ・映像化などを推進している。
 そんなことから、最近の日本映画「ALWAYS 三丁目の夕日」と時代物「花よりもなほ」に強い関心を持っていた。
 というわけで「ALWAYS 三丁目の夕日」の制作プロデューサーA氏にコンタクトをと希望していてコネもないのにプロポーズのレターをしたためた。
 もちろん「小説版大都映画」の企画をプレゼンしたいとうことで。
 ところが、10月26日付朝日新聞の日曜版にそのプロデューサーのA氏が紹介されていて、偶然にもそのA氏もかつてDK広告代理店に在籍したということを知った。
 さっそく、かの祝賀パーティで再会したお二人に訊くとA氏とはいまも親しいというお答え。
 ということで、ぼくもさっそくあらためてA氏に手紙を出し、電話をしてエコーの公演を観に来て下さることになった。
 さらに、昨年末に急逝された芸能プロデューサー麻生芳伸さんとの縁で親しくさせて頂いているA氏、K氏、S氏。もうおひと方、芸術品ともいうべき高級呉服を商っておられるN氏。おつきあいの日は浅いのだが、みんなジェントルで、とびっきり楽しい方ばかり。きっと新しいドキドキ・ワクワクが始まる予感が嬉しい。
 とりわけ、S氏のご実家はその昔なんと西巣鴨の大都撮影所の斜め前にあって……というエピソードが付いた。びっくりしたなあ、もう!
 こういったクリエイティブにかかわる進行形のはなしは、やはりドキドキ・ワクワクする。
 そのほかエコーの「大都映画撮影所物語」と関連して、現在いくつもの(!)快く楽しいことが同時進行している。
 この20日間ばかり、時代小説の執筆はだいぶ遅滞したが、なんとかピッチを上げてがんばるつもりだ。

新しい出会いのドキドキ・ワクワク
 現在、文庫書き下ろしでお世話になっている出版社及び編集者の皆さんにはただただ感謝しているが、つい最近、あるフリーの編集者Mさんのご紹介でD書房の第二編集局長Fさんと編集スタッフの方と親しくお話をする機会を得た。
「本庄さんはそのご病気できっぱりリセットなさったんじゃないですか」とFさんに言われた。
 しかも「こんなコトを書きたい」と提出した企画メモをその場で読んで下さって「是非!」というお答え。2作ばかりまとめてから、年末から初春にかけて取りかかるつもりだ。
 それと舞台のオリジナル脚本のNEXTを書きたいとギンギンである。
 あの大病から丸1年ちょっと。新しいドキドキ・ワクワクを与えて下さる皆さんに心から感謝!

— posted by 本庄慧一郎 at 02:47 pm  

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