●あれこれ、モノを考える仕事では、舞台脚本の企画関連の資料(本・雑誌・新聞記事等)は机上や書斎の身辺かに、ずっと存在していなくてはならない。
したがって、コロコロと勝手に変わってしまうビデオやDVDのような映像では、あまり役に立たない。
いや、現在しきりに喧伝される「電子書籍」なるキカイはまるで役に立たない。
●33平米とその他のいくつかの部屋(2階書斎への階段やそのワキの手作りのタナ等)も本でぎっしりで、まるで古書店の倉庫のようなわが家だ。
それでも、キレイなままの寄贈本はまとめてごっそり被災地に贈呈し、かなりの古書は専門店に引き取ってもらった。
●小説家、戯曲作家、評論家、そして質のよいエッセイスト等の著作物(本)を読み、そして、その本たちを「矯めつ眇めつ――ためつすがめつ」して、そこからおのれの新たな出発点を探す。いや創り出すことに努めるのがならわしだ。
したがって、パッパと消えてしまうモノは役に立たないのダ。
●さてさて、最近、都にはびこる3族がやたら目に立つ。
��スマホ・フィンガー族
��テレビ・ボーフラ族
��政界(中央・地方議員などの)暴言・暴走族
�,鉢△蓮△汗睫世良�要はないだろう。��について補足したい。
口にするコトバがすべてウソ臭い。いや、テンから的はずれでとんでもない勘違いそのものなのだ。
その軽ハズミな、また「心の根っこの腐敗していたことばで」現在の政治生命や、あるいは命そのものを破壊してしまう者も多い――。
●というところで(古めかしいコトバでいえば)閑話休題。
ずっとムカシ(20年くらい前?)、OLたちの茶飲み話などに「3K男」という造語がよく使われた。つまり、「汚い男」 「気が利かない男」そして「クライ男」のイミである。現在も変わらないハズだ。
●そして、男たちも、安酒をくらって「3Y女」としきりに口走ってうっぷん晴らしをしたね。「3Y」とは、「よく食う」「酔わない」「やらせない」(?)の頭文字のYである。
「3K男 VS 3Y女」のトーナメントはずっと続いているんだろうナ。
●それで、「4K」のおハナシ。
この「4K」とは、テレビ受像機のこと――はご存じですよね。
要するに、現在の「フルハイビジョン」の4倍もの解像度があって画質はさらに一段と美しいというワケ。
でも、そんな新製品もさっぱり売れないようだけどさ。
●そりゃあそうだろうねぇ。
やっとひと息入れて、テレビをつけると安っぽいゲーノー人やタレントたちが、勝手にワルはしゃぎしているばっかりだもんね。
画質や映像をウンヌンする以前に、あのワルハシャギの騒音にイラつくもんね。
●たしか去る4月14日東京新聞の記事の見出しに「民放ラジオ局・デジタル化暗礁」とあった。
「若者離れの苦しい経営」「巨額設備投資のカベ」「受信するには専用器必要」などの条件をクリアすることは困難ということで、業界全体の参入は断念ということだ――だろうなあ。
あのラジオというメディアは「フリートークという名のコトバのゴミ箱になっちゃった」と思ってたもんね。
●あれはいつだったかなぁ。「民放キャンペーン」でCMを作ったことがあった。テーマは「防災」でね。
「♪いざという時〜「いつものラジオのいつもの情報」(声・熊倉一雄さん)
あれはちゃんと活きてるぞ。
●そういえば、コラムニスト天野祐吉さんが、2013年5月29日付朝日新聞の「CM天気図」に『CMに明日はない?』というタイトルで書いていた。
それと、「テレビは余命7年」(指南役著/大和書房)という題名の本があったな。まだ買ってないけど。
内容紹介文には「(略)下請け・孫請け会社への外注、売れっ子を奪い合う視聴率主義、女子アナのタレント化など、若者を中心とする視聴者が(テレビ離れ)を起こした原因を探る。(略)」
結論として「このまま衰退を続けると2018年に民放キー局は破綻すると予測」。
ウン、時間的条件はともかく、ガタガタになる――と思うよ。
●テレビ4K。
「苦しい」
「暗い」
「くたびれた」
「くたばる」
なんて4Kなんてねぇ。
●図に乗る――というけど、テレビのバラエティだけじゃあない。
日本という国のリーダーたちの「図に乗る図」は「危険」にシンクロしてるぞ。

ケイちゃんの目 ↓
蝶々(オス・メス)2頭の
華麗なるラブ・プレイ
華麗なるラブ・プレイ
















