「ニッポンの芸能人」シリーズ35
2005/6/13
コトバ・ことば・言葉
演劇志望青年が(食えなくて)民間放送ラジオの台本を書き出し、そしてテレビ開局でテレビのライターになる。(筆名本庄一郎)
そして昭和40年には、テレビカラー化などで発展の気運をみせていた広告業界へ参入。ラジオ・テレビと同時進行で広告のプランナー・コピーライターにとよく働いた。
10余年前、それらのギョーカイがイヤになり、小説へと転身。
現在、一見古書店ふうの書斎で、一日400字詰め原稿用紙15枚を――という毎日である。
土曜日曜は休日として、と親しい編集者にもらしたら、「では一日20枚は書かなきゃ」と忠告された。
つまり、モノゴコロついてからの仕事は一貫してコトバ・ことば・言葉であった。
ちなみに、書き下ろし文庫時代小説はざっと300と数十枚。編集者諸氏は「1ヵ月で上げて」とかシレッとおっしゃる――。
舞台のことば。活字のことば。そして……。
ラジオ・テレビでの言葉が堕落している。
バラエティと称するテレビ番組の、口から出まかせ、浅慮でいいかげんなシャベリにはとうにうんざりしている。
彼らはスタジオ内で勝手にふざけ、コーフンして、視聴者の存在を度外視している。
活舌も(話し方の鮮明さ)も無視、イントネーション(音声化す時の適正な音程)もデタラメ。
さらにガヤガヤとダンゴ状態で「マスメディアの公共性」などカケラもない。
小学校の同期会の2次会以下のエテガッテさのような番組なんて。
おまけにテレビCMの、これまたなんとも見当ちがいな、下品な作りにもうんざりする。
提供スポンサーも制作者たちも、アタマ大丈夫? とクビかしげるね。
いま落語ブームだとか。
先日、桂小金治さんにお電話を頂き、30分ばかりおはなしした。
最近、あらためて高座――落語への再挑戦なさっていることを熱く語られた。
そして新しくお送り下さったテープ(「第48回朝日名人会・桂小金治「渋酒」)と、以前に頂いた「桂小金治・古稀独演会」から「芝浜」をあらためて拝聴した。
演ずることの少ないという「渋酒」は、さすがにそのユーモア、上等の出来である。
「芝浜」もよく聴く演目だが、こんど改めて拝聴して、ついホロリと涙ぐんだりした。
演者としての桂小金治さんの口跡、いまだ冴えていて、その〔芝居づくり〕の巧みと味わいは文句なしである。
ぼくの書斎へときどき、麻生芳伸氏が見える。氏は津軽三味線を東京に移植した方である。また「落語百選・春・夏・秋・冬」また「落語特選上・下」(いずれもちくま文庫)の労作でも著名だがジャズなどにも詳しいスーパーマンである。
さらにとりわけ「日本語及び日本人」にたいしての優れたエッセイスト岡部伊都子さんの近刊「桜レクイエム」を編んでいる。
あらためて「コトバ・ことば・言葉」そして「人間と生き方」を考えるための本である。
それにしても小泉サン・石原サン。
かたや総理大臣、かたや文学者で都知事だ。
小泉サンの言葉はいつも二重底のようですっぽり信用できない。以前にも書いたが、どうしても「巧言令色」の不信がつきまとう。
かと思うと「靖国問題」のように、すでに硬直し、内部腐蝕を露呈しつつある思考の根源はすでに呼吸困難そのものだ。
いっぽう、石原サンの側近政策についての詭弁は論外として、あの町のやくざ(チンピラ)ふうなしゃべり方に、もう情けないとしかいいようがない。
新聞記者会見での応答で「ブン屋じゃねぇか」と口走り、「汽車(ポッポ)だか記者だかしらねぇが……」など、目をシバシバさせながらの発言にはただもう吹き出した。
シャレをいうなら、まっとうな落語でも謙虚に聴いてからにしてよ。
行政のトップに立つ人間が、こんな下品でいいのかね。小泉サンとちがってこちらは「正直バカ」そのものだ。
そうそう、あのハマコーとやらと一緒に、バラエティの番組に出たら、愚にもつかない〔毒舌〕もウケるでしょうね。
— posted by 本庄慧一郎 at 05:18 pm
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