「ニッポンの芸能人」シリーズ5
2004/11/15
ハダカの王様症候群
「第52回民間放送全国大会」(平成16年11月9日・国際フォーラム)にお招きをうけた。
「地上デジタル放送」についての展示、柔道の谷亮子さんの講演など、盛況だった。
帰宅してから、先年ご寄贈いただいた分厚い「民間放送50年史」「TBS50年史」(1冊が重さ4キロほどもある)をひもといた。
ぼくは民間放送のスタート時からかかわった。たとえばフジTVの準備段階にディレクターとし参加した叔父小沢效(前に書いたが美空ひばりさんの「リンゴ追分」を作詞した劇作家小沢不二夫の弟)にコーチしてもらって時代劇と現代もののコメディを書いた。
本放送以前のスタッフ研修のための脚本であったが、昭和34年(1959)の本放送開始にもオン・エアされた。
というわけで「第52回民間放送全国大会」という数字にもいろいろ思いもあった。
大変申しわけないことなのだが、その第一番目に思ったことは「近ごろのゲ−ノ−人」である。
なんとも情けないことには「ハダカのゲーノー人」がウヨウヨしているということだ。
テレビという業界でちょっとチヤホヤされてアブク銭が入ってくると、たいていのゲ−ノ−人が思い上がる。
成り上がり者――とは広辞苑によれば「卑賤の身から急に身分や地位があがった者」であり、軽蔑の意味をこめていうこととある。
テレビなどで得意満面、ナニ様ふうにのさばっている者は、しかし、「急に身分や地位があがった」というのとは異なる人種だ。
ただたんに、いきなり身分不相応の金持ちになっただけなのだ。成り上がり者以外の何者でもない。
この種のゲ−ノ−人はほとんどが「ハダカの王様」に堕落する。
身分不相応の金は心を腐らせる
いま文庫書き下ろしという時代小説をせっせと書いているが、例の紀伊国屋文左衛門をはじめとする「元禄の豪商たち」を素材にしている。
彼らの史伝も虚実が入り交じっているが、いずれにしても愚かしい成り上がり者である。
その金の使い方や人間としての在り方など、どう情状酌量しても「馬鹿阿呆」としかいえない。
このところ、IT産業の若い経営者たちが企業や野球団買収に名乗りをあげているが、彼らの言動や人間性にもその「臭気」を感じる。
ましてや従来、経営責任者として君臨していた老人たち(渡辺ナニガシ、中内ナニガシ、堤ナニガシ、それから…)は、ン十年にわたって根腐れをおこしていたのだ。彼らも金でおのれの人生を堕落させ、腐れ金と汚名を遺した。
そういえば、警察署や厚生労働省の公務員の裏金作りや収賄事件は数えきれないが、巷でもせっせと詐欺横領は日常化していて、うんざりである。
新成り金族のカンカン踊り
このところまた、島田ナニガシかの暴力事件、荻原ナントカの強迫事件、と思えばゴルフ帰りのクルマで高速道路を50キロオーバーで暴走する所オチャラケとか、つまりは揃いも揃って、先輩暴走ゲーノー人をコピーしている。
とにかく、覗き見とか麻薬とか淫行などなど、まるで歯止めがきかない。
かのバブル時代、ギラギラした不動産業と称する人種が跳りょうした。そのバブルがはじけたといわれて10年余…。泡は消えたけれだ、その毒素は人の心に巣食っていてさらに勢いを増している――とずっといい続けてきた。
とりわけいま、視聴率とやらにトチ狂うテレビ業界の新しいバブルのさなかで、ゲーノー人とかタレントといわれる街のチンピラみたいなのがのさばっている。
マスコミ・バブルのさなかで踊るハダカの王様なんて、コッケイで醜悪なだけだ。
ぼくが畏敬する(それこそもう、50年余のおつきあいの)小沢昭一さんのテレビ観をいずれご紹介したい。
そういえば、金(紙幣)のことを「記号のついた紙にすぎない」という迷言を吐いたのがいたが、豪雪地新潟の被災者の皆さんに、百億か二百億、ポンと寄附しなさいよ。
そう、三木谷ナントカさん、堀江ナントカさんと相談してね。
もう一つ、そういえばと続けるが、最近のテレビCMの愚劣さはなんとかならんかね。
いつぞやNHKの「トップランナー」に出演したCMプランナーの社会にたいする無自覚さとか、日経新聞(10月20日)の東京コピーライターズクラブの「コピーライター対CMプランナー」の広告の内容(彼らのメッセージ)もウーン!これでいいのか!だった。
同じ日経の「日経ビジネス」の「もうCMでは売れない/テレビ万能のウソ」と伴せ読んで、バブルの毒素の潜伏期間はとても長いことを痛感した。
— posted by 本庄慧一郎 at 10:19 am
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