昨日(07.7.12)公示された参院選のことを書くつもりだった。
あるいは、「週刊文春」(07.7.13号)の「女がテレビを見なくなった/全番組視聴率20%割れ」について……とか、書きたいことは山積していた。
いま、政治というフィールドに出しゃばっている人間の10人中の8人のことばは信じられない。
そして、あとの2人の人たちのことばの説得力のなさにやたら苛立っている。
SONY黒木靖夫さんのことども
さて、恒例になっている早朝4時30分に朝刊各紙を読むというならわしで、黒木靖夫さんの訃報に接した。
黒木靖夫さんは「元SONY取締役」で、ヒット作「ウォークマン」の開発で中心的役割を果たした方だ。また、小生が制作スタッフとして加わった「ソニー・トリニトロンカラーテレビ」では、広報宣伝のご担当としても活躍した。
この「トリニトロンカラーテレビ」のCMは、「第20回カンヌ国際広告映画特別賞」さらに「第21回同銅賞」をはじめ、国の内外の賞合計14本を受賞した。(1973〜4年)
さらに、そのシリーズ作品のうちの3作品は「ACC第2回パーマネントコレション選定(88年)」また「昭和名作CM100選(91年)」に選定されている。ついでに記せば69年度には「資生堂歯みがきエコー」で「ACCラジオ部門コピー個人賞」を、そしてこのソニーのシリーズでは「73年度ACCテレビ部門コピー個人賞」を受賞した。
現在では、〔自らの意志で離脱したギョーカイ〕であり、二度と回帰する気のないフィールドだが、このソニーとそしてあと二つ三つの仕事だけには快い印象を持ち続けている。
黒木靖夫さんを中心とした関係者全員の記念写真がある。
博報堂のプロデューサー故沼土満雄さんをはじめなつかしい顔が並ぶ。当方はそれ以後、併業の放送作家を離れ、ソニー当時の広告CMの企画・コピー制作を経由、現在は時代小説執筆を楽しみ、大量生産したCM音楽とはまるで異なるフィールドで楽曲作りに挑み、さらに念願の舞台の脚本をめざして、あいかわらずしつこくやっている。
思えば、同時代を生き、共に一度こっきりの時を過ごした人たちが姿を消していくという「事実」に当然のことながらさまざまな感慨はある。でもやはり「もう一丁、やってやろうじゃないか」とあらためておのれに檄をとばすのだ。
そういえば、ソニーさんの方たちとはこまかくおつきあいした。
井深大さんにはインタビューさせてもらったし、盛田昭夫さんにはテレビCMやPR映画製作のことで親しくおはなししたり、ラジオ番組にご出演してもらって、あれこれ広告談義もした。
また、当時の広告ご担当の河野透さんはソニー系列の制作会社の代表をつとめてご活躍中だ。さらに同期の岡田政訓さんはご自分の意志から途中退社して、絵画の研修でフランスに留学。現在は活発に創作活動を展開中である。
黒木靖夫さん、あらためてまた、お目にかかりましょう。
その節はどうぞまたよろしくご交誼のほどを。
小生の元の仕事であるテレビ(CM番組)のことを悪しざまに言いたくはないが、それにしても、どれもこれもヒドイなあ。
ドラマは劇画やマンガの原作だよりだし、CMとなるともう、「なに考えているの?」程度のものばかり。しかも放送時には、番組本来の構成やシークエンスを無視して強引にして過剰なCMで分断――その感覚は、ミートホープとやらの精肉加工業者のやりくちやら、餃子にダンボールを混入させた中国の脱線加工業者と同質である。
次回は「文芸春秋」8月号の永六輔さんの「TVが王様/恥ずかしい国・日本」のメッセージをご紹介したい。
このHPでも何回か書いてきたし、いませっせと書いている時代小説でもくり返して書いている。「一つのウソをつくと、そのために新しい20のウソを考えねばならない。その20のウソのためにさらに20の――」と。
現在の選挙の「舌戦」とやらは「二枚舌」と付け加えるべきだ。
アサハカな嘘をついている者の顔はひと目でわかる。
おろおろするナントカ大臣はもとより、まことしやかな言動の「二枚舌人種」を叩き落とそう。
有権者たる者、いまこそしっかりした鑑識眼を!