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パート2
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第2回 2001.01.01
第1回 2001.01.01
はじめに 2001.01.01
  

エッセイ「ニッポンの芸能人」シリーズ71 パート2 第78回 


「伝説のCMディレクター杉山登志」のドラマ
 8月28日は、「テレビCMの日」だとか。そう言っているのは日本民間放送連盟らしい。
 かく申すぼくも、放送作家・コピーライター時代、日本民間放送連盟賞(全国民間放送局の番組・CM作品のコンテスト)の審査員などでずいぶんお手伝いしたが。
 さて、過ぐる8月28日、TBSテレビのドラマ「メーッセージ/伝説のCMディレクター・杉山登志」が放送された。
 いまからざっと40年前、ぼくも広告代理店第一企画(のちのアサツー・DK)で、それまでの放送作家と併行して広告のコピーライターとしてスタートした頃で、資生堂のラジオCMなどを担当した。
(そういえばCMの受賞作品リストを見たら「資生堂スーパーポアン」が1965年度ACCラジオ部門秀作賞/「資生堂歯みがきエコー」が1969年ACC賞金賞&ACCラジオ部門コピー個人賞受賞とあった)
 当時すでに「この人あり」といわれた杉山氏はのべつ背中合わせだったり、たびたび顔を合わせてもした。
 ぼくは第一企画で異才を放つディレクター内田建太郎氏とほとんどの仕事でバッテリーを組んでやたら仕事をこなしたものだ。
 結局、杉山氏のテレビCM作品集はじっくり拝見したものの、ご本人とゆっくり話す機会はなかった。
 そして間もなくして、その杉山氏が自殺したという知らせを聞いて衝撃をうける。
 遺書と言われる文章がある。「ハッピーでないのにハッピーな世界など描けません」「嘘をついても、ばれるものです」などのメモ書きの言葉である。
 ぼくは、放送作家から広告のコピーライター、そして現在の小説家&脚本家と職業は推移したが、やはりコピーライターの仕事にかかわり過ぎたようだ。

あの遺言といわれる言葉について
 これからという広告業界だったからぼくは意欲マンマンだった。が、話題のクリエイター杉山登志さんの「自殺」にはほんとうに戸惑った。しかも「ハッピーでないのにハッピーな世界など描けません」「嘘をついても、ばれるものです」が遺言どというのだ。
 ぼくはこの言葉は広告――テレビCM全体に対する彼の痛罵と、当時は理解していた。広告業界とはつまるところ「虚」の世界だと思うようになった。
 だから、可能な限り、余計な飾りを省き、とにかくウソをつかないCMをと肝に銘じて仕事をしてきた。そして結局は離脱して、小説家になった。
 ドラマでは杉山登志さんの自殺原因は、「映像制作者としての映像作りそのものの悩み」のように描かれていたが、はっきり言ってクビをひねった。
 人間として、男としてコレと選択した職業がしょせん「虚業」である――ということに彼はガマンがならなかったのでは、とぼくは思うのだ。

企業や商品のいい加減さについて
 最近、企業ぐるみ、組織ぐるみの金銭がらみの犯罪が多発している。
 また、有名ブランドである商品における欠陥問題も枚挙にいとまがないほどに続発している。(詳細に具体例を挙げれば1冊の本になる!)
 ぼくはいま、「とても真面目にテレビコマーシャルなどを作ってはいられないのでは」と強く思っている。現場の制作者たちはどう思っているのか。
 いや、百歩ゆずって、たとえ企業や商品がまっとうだとしても、現在放送されているコマーシャル群の質の劣悪なことといったら……ほんとにヒドイ。
 やっぱりもう、ぼくは広告作りははっきりご免こうむるね。

ドラマのオープンニングの日本民間放送連盟のCM
 このドラマのオープニングで日本民間放送連盟というクレジットの長尺CMが流れた。愚劣としか言いようがない内容だった。
 「いったい、何を考えているの?」と質問したくなるコマーシャルは多いが、この民放連のモノはまったく……何と言っていいか、だ。
 あれやこれやで、「元広告人として」は、ひどくゲンナリした……。
 実はこの放送の前日8月27日の朝日新聞の書評欄に「テレビCM崩壊/マス広告の終焉と動き始めたマーケティング2.0」(翔泳社刊)の紹介記事を読んでいた。書評の引用文に「質、信ぴょう性、効果のどれをとっても最低」とか「それはまるでショーン・コネリーだ。つまりセクシーだが、これからの展望はあまりない」とある。
 最近のテレビの番組もCMも、なんだかカメダ・コーキのように下品だと思う。
 さて「テレビCM崩壊」という本を買おうか、どうしようか?

大正・昭和の演劇パンフレット、多数あります(以下は一部)。
お問合せは望田企画室内「日本演劇愛好・普及クラブ」/FAX:03-3928-4255
新国劇一座
昭和四年
青年歌舞伎劇
昭和十一年
帝国劇場
昭和二年
市村座
昭和三年


2006/09/01